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前口上

 これまで、雑誌論文や研究報告に準ずるようなエッセイを、CLASSICAの場をお借りして発表して参りましたが、論文や研究発表にはなり得ないような雑文や、気軽なエッセイ、たまには演奏会の感想など・・・を発表する場として、当ブログを開設することになりました。背中を押してくださったCLASSICAウェブマスターの飯尾さん、どうもありがとうございました。

 私が本格的に音楽に興味を持ったのは、中学生の頃でした。小さい頃からピアノを習ってはいましたが、譜面の通りに音を出して「なんとなく」綺麗な音楽だな、くらいの認識しか持っていませんでした。ところが、作曲家の伝記を読んだり、曲が作られた背景などを知るに及んで、それまでは単なる記号でしかなかった楽譜が、なにやら時空を超えて直接モーツァルトやベートーヴェンにつながっているような気がしてきて、単なる印刷譜でしかないはずなのに、「この音は確かにモーツァルトが選んで書き付けたものなんだ」と、そこからモーツァルトの息づかいが立ちのぼってくるような気すらしたのを覚えています。その息づかいを感じながら、モーツァルトの選んだ音たちを自分がピアノで出す、そのことに本当に幸福な気分を味わっていたのです。楽器を弾いたり歌ったりすることの本当の喜びは、そういうところにあるのではないでしょうか。もちろん、それにはプロもアマチュアも関係ありません。

 楽譜から息づかいを感じる・・・それと似たような感覚を、主に学術的な資料を読んでいる今でも感じることは少なくありません。論文や研究発表では、確かな論拠を示すことは必須条件で、推論も詳細な学術的考察を重ねた上でなされなければなりません。けれども、確かにそのような論拠を示すことはできないし、単なる推測の域を出ないと言われてしまえばそれまでかも知れないけれども、資料の行間から仄見える「事情」や、詩や音楽の余白から立ちのぼる豊穣な響きとでも言ったもの、それら「学術的」という秤からはこぼれ落ちてしまうようなものを、できるかぎり掬い取って行ければ、と思っています。

 このような趣向で書いたエッセイ第一弾として、モーツァルトの父レオポルトに光を当ててみました。お読みいただければ幸いです。(2008/04/13)

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

モーツアルトの音階は他のクラシックと比べると音波計で測ると波形が違うらしいです。
植物も育つ、人間にも癒し効果があるということはやはり貴重な音階なのですね。
それをぱっと宇宙から掴み取る才能を見抜いた父レオポルトにもまた才能があるのですね。
稀な才能を育む環境を提供したレオポルトの功績も大きいと想うのです。

投稿: ケンコ | 2008年4月15日 (火) 19時08分

ケンコさん、早速のコメントをどうもありがとうございます。こちらでもどうぞよろしくお願いしますね。

「天才とは」と考えるときに思い出すのは、小川洋子の『博士の愛した数式』です。数学の「天才」である博士は、数式を考え出すのではなく、神様のノートを覗き見してそれを写し出しているだけだ、といったようなことが書かれていて、凡才には想像するしかないけれど、きっとイデアのようなものなのだろうな~、と感じています。

レオポルトも、恐らく、天才が親として選んで生まれて来るに足る人物だったのでしょう。

投稿: ウルズラ | 2008年4月16日 (水) 10時39分

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