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『軍人たち』、そして・・・

ゲルバーのリサイタルと相前後するが、B.A.ツィンマーマンの『軍人たち』を聴いた(5月10日・新国立劇場)。

初めに白状してしまえば、個人的には「戦争もの」は忌避したいという意識がどうしても強い。親が戦中世代であることはもちろんだろうが、ごく若い頃にゴヤの銅版画『戦争の惨禍』を観たことが大きい。画集でではなく、美術館で本物を観たのだから、作品からただよう狂気と、きれいごとや大義名分などどこにもない戦場の悲惨さに、吐き気をもよおすほどの衝撃を受けたのだった。オペラ『軍人たち』の初演は1965年で、レンツによる原作は1776年だが、この200年近い年代の差も物語っているように、扱われている主題はいつの世にも通ずるものだ。実際、哀しいことだが、現在でも戦場では似たような惨状が繰り広げられているのだろう。

当日も、思わず目を逸らしたくなるような場面も少なくなかった。だが、それは一方で作品と演出の成功を意味するのかも知れない。赤い色が随所で非常に印象的に使われており、軍人たちの特徴ある動き(振り付け)も、作品が意図する風刺をよく捉えていたように思う。

作品終盤のクライマックス、軍靴と怒声がどんどんクレシェンドして行くときには、上述した忌避感から耳を覆いたくなるくらいだったのだが、幕が降りた後には、それまでの感覚とは反対に、思わず涙ぐみたくなるような感慨に浸っていた。

落ちぶれたマリーが、愛人と元許婚者が毒死してもなお、這い上がって物乞いをした相手が父親であった、という悲哀。何という救いのなさであろうか。原作にはこの後に「奇妙なエピローグ(公演プログラム23ページ、岩淵達治)」がついているが、ツィンマーマンがこのエピローグをカットしたゆえに、第二次世界大戦後ドイツの「廃墟の文学」にも重なるような作品色が濃厚になっているように思う。

帰路途上、そのようなことを問わず語りに語るうち、どうしても思いは我がホフマンスタールに飛んでしまい、「本当に、ホフマンスタールのような繊細な人は、第二次世界大戦を体験することなく亡くなって、結果的には良かったのかもしれない」「ハプスブルク帝国の崩壊こそ見なければならなかったけれど、まだ精神的には充分依拠しうるものだったし、だからこそ、“アロマーティッシュ”な解決という概念が作品にある」と再認識した次第。「でも、シュトラウスのほうは、ミュンヘン・ワルツを書かなければならなかったくらい戦争に打ちのめされてしまったんだよね。その後の『メタモルフォーゼン』には綺麗な所もあるけれど」と言う私に

「シュトラウスも、長生きしたばかりに見なくてもいいものを見てしまって、少し可哀想だったね・・・。でも、『メタモルフォーゼン』を書いた頃には、先に希望があると感じていたんじゃないのかな」

と言った相方の言葉が胸に迫った。シュトラウス晩期の作品群の比類のない美しさは、彼の遺言のような気がしてならない。だが、その約20年後にツィンマーマンが自殺してしまったことを考えると、やはり「0地点からの出発」は、ドイツ文学史で言い習わされているように束の間の幻想に過ぎなかったのだろうか。否、だからこそ、連綿と引き継がれ今に残る芸術作品の数々を再評価する意義があるのだと考えたい。(2008/05/14)

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» ツィンマーマン「軍人たち」 [オペラの夜]
<日本初演/アムステルダム・ネザーランド・オペラ製作> 2008年5月5日(月)14:00/新国立劇場 指揮/若杉弘 東京フィルハーモニー交響楽団 新国立劇場合唱団 演出/ウィリー・デッカー 再演演出/マイシェ・バルバラ・フンメル 美術・衣裳/ヴォルフガンク・グスマン 照明/フリーデヴァルト・デーゲン 音響/渡邉邦男 振付/キミホ・ハルバート マリー/ヴィクトリア・ルキアネッツ シュトルツィウス/クラウディオ・オテッリ デポルト男爵/ピーター・ホーレ マリ大尉/黒田博 若い伯爵/高橋淳 ド・ラ... [続きを読む]

受信: 2008年5月16日 (金) 13時56分

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