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2008年6月

『ナクソス島のアリアドネ』

二期会の『ナクソス島のアリアドネ』を観た(6月29日/東京文化会館)。

Vorspiel の出だしから、「おお、これはシュトラウス」という響きで、期待を持って臨んだ。今回の舞台は、演出が非常に緻密かつ考え抜かれたもので、そのせいもあるのか、またオーケストラのシュトラウス的な響きもあってか、歌手達の歌も動きもとても自然でスムーズな印象を受けた。

その中でまず特筆したいのは、やはりツェルビネッタ役の安井陽子。Vorspiel から、ドキっとするくらい、声質や歌い方がツェルビネッタのイメージ通りで、「これは劇中劇のオペラになったら、一体どうなるんだろうか」とこわごわ(?)聴いていたら、これが本当に素晴らしかった。高い技術も去ることながら、全く無理な発声がなく、とても軽やかで美しい歌を聴かせてくれた。今までどのような有名な歌手が歌ったツェルビネッタ役でも、例の聴かせどころでは「技術を聴かせ、綺麗に流す」という感じの歌い方だったのに対して、安井ツェルビネッタは、「私は、こんなことを考えているの」という、ツェルビネッタ役が本来持っているはずの聡明さや人柄までをも表現し切っていた。

白状すれば、向こう一年間の研究対象に『アリアドネ』を選んでいる身としては、あわよくば「論文ネタ」を拾おうと下心を持って聴いていたのだが、そんなものも、このツェルビネッタには軽やかにあしらわれてしまったようで、客席側でほとんどノックアウト状態になっていた。

あと、良い意味で予想を裏切ってくれたのが、コメディア・デラルテの4人(萩原潤・森田有生・斉木健詞・児玉和弘)。日本人が「わざとらしいくらい、大仰な動き」をしようとすると、「がんばってやらなければ」という「一生懸命さ」が邪魔をしてしまい、観ているほうも辛くなってしまうことが多いのだが、当日の4人はとても自然な動きと歌で、素直に楽しめた。

作曲家役の小林由佳も、無理のない伸びやかな声で、ひたむきで陶酔気味なこの役柄の雰囲気が良く出ていたが、それにしても随分と格好の良い立ち姿だった。何となくの印象だが、この人に合った役柄なのではないかな、と感じた。

個人的に注目している役柄の一つ、ダンス教師(小原啓楼)も、ニヤリとしてしまうようなこの役のキャラクターが良く出ていて、とても興味深かった。(2008/06/30)

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『マクロプロス家の事』

昨日6月9日、日生劇場開場45周年記念特別公演『マクロプロス家の事(ヤナーチェク作曲)』の制作発表会に出席してきた(公演は本年11月20日~24日)。

ヤナーチェクのオペラといえば、『利口な女狐の物語』がまず思い浮かび、次に『イェヌーファ』が辛うじて何度か舞台にかけられている・・・という感じではないだろうか。『マクロプロス』は、題名は知っているけれど、舞台は観たことがない、という方が多いだろう。

その『マクロプロス家の事』を、日生劇場が開場45周年というメモリアル・イヤーを迎えるにあたって、「日本初演ではないが、オペラの舞台として可能な限り完璧を目指し(二期会・栗林義信氏)」、東京二期会と共に採り上げる。

『マクロプロス』といえば、2006年に東京交響楽団がセミ・ステージ方式で『マクロプロスの秘事』という題名のもと演った折に聴いているが、筋が少々分かりづらい、というか、(ネタばれになってしまうが)秘薬によって数百年生き永らえている、ということだけで謎解きとしてしまうのは、いささか筋立てとしては安易ではないか、と感じたことを覚えている。

その点に関して、今回演出の鈴木敬介氏も、カレル・チャペックの原作では「長生きをするとは、どういうことか」という問題が延々と語られているのに、ヤナーチェクがどうしてこの部分をカットしてしまったのか、かねてより疑問に思っていたとのことで、その点も含め、原作とじっくり比較検討した上で手掛ける、と語っていた。どのようなテーマが浮き彫りとなるのか、期待が高まる。

指揮のクリスティアン・アルミンクは、20代の頃にヤナーチェク・フィルを6年間指揮した経験から、「ライトモチーフ的な技法だけでなく、5小節も聴けばヤナーチェクのものだと判るほどユニークな(アルミンク氏・談)」ヤナーチェクの音楽に対する特別の思いを持っている由、どのような響きを紡ぎだすのか、とても楽しみだ。

なお、このオペラのタイトルだが、『マクロプロス事件』という邦訳が広く知られている。しかし今回は、原語の語義に忠実に、また聴衆に必要以上の予断を持たずに観てほしい、という考えから、『マクロプロス家の事』という日本語タイトルにしたそうだ。訳語の選択に頭を悩ませるのはドイツ語者の私とて日常のことなので、このスタンスには、作品に携わる立場としての誠意が感じられ、頭が下がる思いがした(2008/06/10)。

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