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2008年7月

聖徳大学が挑む2種類の《魔笛》公演

現在所属している研究会で、タイトルに書いた題目でレクチャーがあった(7月29日/早稲田大学大隈記念タワー)。

9月28日にサントリーホールで上演される《魔笛》のほかに、学内生対象とのことだが、10月24日に聖徳大学川並香順記念講堂で、ドイツ語での歌唱+日本語の台詞で上演されるそうだ(サントリーホールの公演ではドイツ語+日本語字幕)。

この日のレクチャーの問題点は、主に原語上演と訳詞上演について。それも、今や日本でも脚光を浴びているアート・マネージメントという枠組みで捉えるのではなく、発信者として・制作サイドからの問題提供、ということだった。

話題提供者が順にそれぞれ歌手・演出家・作曲家の立場から思うところを述べられていったのだが、少なくともこの日にお話しになった方たちは、「吟味されつくした言葉(台詞)に、吟味されつくした音楽がついているわけだから、それを別の言葉で歌うことについては、当然問題もあるし、大変に難しい」という根本的な問題意識を強く持っていらっしゃった。

日本語は、その構成上、原語よりもシラブルが多くなってしまうため、どうしても日本語歌詞で歌うと無理が出てしまう。しかも、その原語が担っている(あるいは、その原語歌詞が包含している)文化的背景は日本語歌詞にはなりにくい、という事情もある。

そのあたりの実際を、聖徳大学准教授で二期会会員でもあるバリトン歌手藪西正道氏が、モーツァルトの《フィガロの結婚》から冒頭の部分と、有名なアリア「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」を例にとって、原語のイタリア語と日本語、両方の歌詞で歌い比べてくださった。

確かに、日本語で歌うと、大まかな状況や筋は割りとストレートに入ってくる。しかし、日本語に翻訳される過程で取りこぼされ犠牲になった、言葉の余白とでもいう部分はそもそも「なかったこと」になってしまう、というジレンマが常に付きまとうことが改めて痛感された。また、やはり聖徳大学准教授であるソプラノ歌手の島崎智子氏が「同じ音楽でも、歌う言語によって、思考回路が違ってくるようで、日本語で歌う場合よりも、原語で歌う場合のほうが、よりストレートな表現をしたくなります」とお話しになったのには大変に興味を覚えた。

何故「原語で歌う場合のほうがストレートな表現をしたくなる」のかという問題に対する私なりの考えとして、会場で配られたコメントペーパーに「言語というのは、単なる伝達手段なだけではなく、その言葉を話す人の国民性や文化的背景、さらにその国民としての考え方まで表すものだからだと思います」というようなことを書いて出したところ、藪西氏と島崎氏お二方ともが深く肯いてくださり、お二人が留学先のイタリアでレッスンの際にご苦労なさった、「(単なるコミュニケーションの次元だけではなく、それこそ文化的背景について感じられた)言葉の壁」についてのお話などをしてくださった。私の場合は、純粋に言語学的な興味から上のような考えを抱くに至ったのだが、歌手の方たちからも、その裏づけとなるようなお話を伺うことができて、大変有意義なひとときとなった。

このような興味深い機会を提供してくださった、早稲田大学教授の丸本隆先生、ならびに聖徳大学准教授の山本まり子先生に感謝申し上げます。

そして、何よりも、私の拙い質問とも言えないような呟きに対して、深いお答えをくださった、藪西正道先生と島崎智子先生、本当にどうもありがとうございました。しかも図々しく名刺を持ってズカズカと突進した私に、にこやかに応対してくださったことにも重ねて御礼申し上げます。これに懲りずに(滝汗)今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。(2008/07/31)

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新潟県音楽コンクール

最近新潟に縁がある。さらに、現在のGCOE上の論文指導教官をお願いしている先生が審査委員長でもあったことから、新潟県音楽コンクールを聴いてきた(7月27日/りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館)。

新潟県音楽界のレベルを向上させるために行われているという、このコンクールも今回で43回を数えるそうだ。歴代の審査委員長も、増沢健美氏、村田武雄氏、宇野功芳氏、金子建志氏と華やかだ(現在は平野昭氏で5年目)。

客席から聴いて感じたのは、確かに小学生や中学生にとっては大変に良い機会になっているのだな、ということだった。県規模のコンクールで、地元ということからも目標にしやすいだろうことは想像に難くない。実際、それくらいの年齢層に将来期待できそうな出場者が多かったように思う。しかし、コンクール終了後の講評で審査委員長が言っていたように、「まずは音楽を楽しんでください」という点になると、若いだけに、ひたむき過ぎる観もあり、少し可哀想なくらいだった。

「コンクールは、ひとつの区切られた期限の中で曲を仕上げるという点で、実力向上にはとても有効です。(平野昭氏)」というのは、疑いようのないことだし、そのことと「楽しむ」ということを両立させるのは、言うほど易しくないのだろう。ただ、演奏者当人よりも周りの大人のほうが必死に見えたのは、やはり何事かを語っているのだと思う。親と教師の協力が欠かせないのは十分承知の上だが・・・

コンクールそのものとは話がずれてしまうが、ひとつ、心に残る出来事があった。コンクール後の懇親会の席で、声楽部門の審査委員で新潟中央短期大学学長の先生とお話しさせて頂く機会を得たのだが、「シュトラウスとホフマンスタールのオペラで博士論文を準備中です」と申し上げると、まずはお喜びで励ましのお言葉をたくさん下さった。そしてその上で、「声楽を学ばずして、オペラを語ってはいけません」とおっしゃったのだ。ヴィオラとピアノを多少弾く経験から、実際にやるのとやらないのとでは、理解度に雲泥の差があることは十分すぎるくらいに分かる。もちろん、世の中には稀有な人がいて、そういう人は、何も演奏をやらないのに何故そこまで聴きとってしまうのか、というほどの透徹した耳と洞察力を持っているのだが、そういう人はあくまで例外的な存在なのであって、私のような凡人には、その先生のお言葉が本当に当てはまる。

さらに、その先生が「これから生き残るのは文学です」とおっしゃったのには少なからず驚いた。世の風潮も「実用」最優先で、本来世間の流行には左右されないはずの大学でも、「実学主義」とでも言える嵐が巻き起こって久しく、人文系がどんどん崩壊させられて冷や飯をくわされている身としては、どうも実感が湧かない。しかし、「齢を重ねて、もう一度何かを学び直したい、と思ったときに、経済や経営を学びたいと思いますか? そういうときに学びたいと思うのは、哲学も含めた文学なのですよ」と。大学の現状は、それとはどんどん逆の「経営最優先」という方向に流れているようにしか思えないのだが、やはり細々とでも、「アナクロ」「流行遅れ」とそしられようとも、今の研究活動を続けていこうという大きな励みになったのだった。

寺川先生、どうもありがとうございました。(2008/07/29)

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パリ国立オペラ『アリアーヌと青ひげ』

梅雨が明けて猛暑の続くなか、東京・渋谷のオーチャードホールまで、パリ国立オペラの『アリアーヌと青ひげ』(ポール・デュカス作)を聴きに行ってきた(7月23日)。

ポール・デュカスと言えば『魔法使いの弟子』くらいしか思い浮かばない浅学な私だが、音楽はとても楽しむことができた。ただ、それが正しい受容なのかどうかは心許ないのだが・・・

全く予備知識なしで行ったので、作品冒頭からアリアーヌが禁じられた鍵を使って、次々部屋を開けていくのには驚いた。有名な『青ひげ』のストーリーからしたら、いきなり種明かしをされてしまうようなものだ。しかも、青ひげ当人は殆ど出番がなく、最初のほうで少し歌ったきり、あとは最後のほうでボロボロになって登場するのみ。そのうえ、囚われた先妻たちを解放するべく乗り込んだアリアーヌの誘いに対して、彼女たちは「自らの意思で」青ひげの許に残ることを決意するのだから・・・・作品の内容に踏み込むようなことを述べようとしても、何と言ったらよいのか正直よくわからない。

休憩時間にロビーで、院生時代にお世話になったワーグナーとヴェルディに関する著作もおありのA先生に、何年かぶりでお会いした。A先生も、「ずいぶん予習してから来たんだけど、よくわからない話だよね。なんのための“解放”なのか、ってことになるし・・・」とおっしゃっていた。メーテルリンクの原作だということを考えると、「青い鳥は自分の家にいました」という落ちと通じる気もするが・・・

前半を聴いた音楽の私の印象は、「急に音楽的な緊張が解決するところなんて、ワーグナーの『トリスタン』みたいだなぁ」というものだったが、A先生も「予習の音源では、もう少し静かな感じの音楽かと思ったけれど、今日のはよく鳴らしていて、なんだかワーグナーみたいだね」と。ライトモチーフも使っているとのことだったが(A先生は譜面もかなり読み込んでいらした由)、全てを聴取することなど、初見(初聴?)の身にはとても無理だったものの、音楽面でも「ストーリーは振り出しに戻る」ということを示しているようだったから、それこそ「答えのない問い」だということなのだろうか。

お目当てだった、アリアーヌ役のデボラ・ポラスキは期待に違わぬ素晴らしい歌唱で、行方不明の先妻たちを解き放つ救世主のような役のイメージにもぴったりだった。プリュンヒルデとは、また一味違う「女騎士」然としていて、またひとつ広がりが出たようでファンとしては嬉しい限り。(2008/07/24)

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クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル

クリスチャン・ツィメルマンといえば、貴公子然とした風貌で日本でも若い女性に大変人気があり、チケットは瞬間蒸発、という時期が長かった。そのため、「チケット売り切れ」の憂き目に遭い続け、長らく不戦敗が続いていたので、今まで一度も生で聴いたことがなかった。それが、このたび新潟で聴く機会を得た(7月12日・りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館)。

1曲目のバッハ『パルティータ第2番 BWV826』では、ツィメルマンの確かな音楽性に裏打ちされた技術の高さがよく出ていたと思う。ペダリングの巧みさも驚くほどだった。

2曲目はベートーヴェンのソナタ第8番『悲愴』で、私自身は、この「名曲」でここまで「おお、このベートーヴェン的な響き」と感動するような演奏を聴いたことがなかったのだが、同行者は「ベートーヴェンというより、ツィメルマン独特のベートーヴェンだったなぁ」「綺麗な音なんだけど、ちょっと軽めの響きかな」と言っていた。聴き方は人それぞれである。

3曲目のブラームス『4つのピアノ小品』では、なるほど、ブラームスだったら、もう少しズンとくるような響きがあってもいいかな、と思ったのだが、これに関して同行者は「いや、あのブラームスは良かったよ。この曲は、本来こういう響きなんだと思うよ」と。ううむ。

4曲目は20世紀のポーランド人作曲家バツェヴィチのソナタ第2番。初めて聴いた曲だったが、これが熱い名演。色彩豊か、というと何だか陳腐な表現になってしまうが、各声部がそれぞれ、独立して聴く者に語りかけてくるようで、非常に整理された響きなのだが、それでいて饒舌(?ちょっと違う感じなのだが・・・)な曲で、興味深かった。

全体の印象として、ツィメルマンの音は p などの弱音ほど大切にしているようで、盛り上げ方も感情過多に流れず、少し寂しげな優しさというか、陰影に富んだ響きで音量を増していく感じがした。きっと、いろいろな体験からくる深い内面性による解釈なのだろう。まるで、フレーズをひたと見つめ、それから掌の中で転がすかのような瞬間がしばしばあり、見当はずれかもしれないが、ホロヴィッツのモーツァルトを想起させるような心持すらした。

また機会があれば、是非聴きたいピアニストだ。(2008/07/15)

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不協和音を初めて使ったのは

先日、都内某所で、現在の「指導教授」と、実は久しぶりだった先輩と3人で、ひと足(いや、ふた足くらい)早い納涼会を開いた。

いろいろな話題で盛り上がったが、その先輩も大学で教えていらっしゃるので、「最近の学生」のことに話が及んだ。その先輩いわく、

「いやぁ、今の学生は、とにかく物知りが多いですね。いろいろな文章を読んでいるようで」

と。でも、これもゆとり教育の影響なのかは判らないが、書かれていることに対して疑うことを知らないらしい。私たちが学生の頃は「とにかく疑ってかかってみろ」と先生から指導されたものなのだが・・・

それで、必要な批判をされずに育ち「疑うことを知らない」姿勢が生み出した(かも知れない)質問を、とある学生がその先輩にしたそうだ。

「先生、不協和音を初めて使ったのは、シェーンベルクなんですねっ!」

音楽好きだというその学生、先輩も音楽好きの教員だと聞いて、そういう質問(?)をしたらしい。「うっ」と詰まった先輩は、

「・・・君は、音楽が好きで、いろいろな音楽を聴いているわけだよね? それで不協和音をシェーンベルクまで聴いたことがない、と思うのは・・・僕は心配だなぁ」

というようなことを言ったそうなのだが、その学生は

「だって、本にそう書いてありました。」

と言って譲らなかったそうな。

もちろん、その学生が、きちんと文意を読み取れず誤解していたのかも知れない。でも、最近は、あまりにもライトな本で溢れかえっているので、その手の本に当たってしまった可能性も十分にある。

文体がライトなことが悪いとは全く思わない。しかし、内容というか、書かれていることの信憑性までがライトであっては絶対にならないのだと思う。ライトな文体で核心を突くようなことを書くためには、実は難しいことを難しく書くよりも、よほど高度な技を必要とする。「文がくどい」「文面が黒い(必要以上に漢字が多いため)」と言われ続けている私としては、軽やかな筆致で深淵をのぞけるような文を書くのが憧れなのだが・・・・一生無理だろうな(苦笑)。(2008/07/03)

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