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不協和音を初めて使ったのは

先日、都内某所で、現在の「指導教授」と、実は久しぶりだった先輩と3人で、ひと足(いや、ふた足くらい)早い納涼会を開いた。

いろいろな話題で盛り上がったが、その先輩も大学で教えていらっしゃるので、「最近の学生」のことに話が及んだ。その先輩いわく、

「いやぁ、今の学生は、とにかく物知りが多いですね。いろいろな文章を読んでいるようで」

と。でも、これもゆとり教育の影響なのかは判らないが、書かれていることに対して疑うことを知らないらしい。私たちが学生の頃は「とにかく疑ってかかってみろ」と先生から指導されたものなのだが・・・

それで、必要な批判をされずに育ち「疑うことを知らない」姿勢が生み出した(かも知れない)質問を、とある学生がその先輩にしたそうだ。

「先生、不協和音を初めて使ったのは、シェーンベルクなんですねっ!」

音楽好きだというその学生、先輩も音楽好きの教員だと聞いて、そういう質問(?)をしたらしい。「うっ」と詰まった先輩は、

「・・・君は、音楽が好きで、いろいろな音楽を聴いているわけだよね? それで不協和音をシェーンベルクまで聴いたことがない、と思うのは・・・僕は心配だなぁ」

というようなことを言ったそうなのだが、その学生は

「だって、本にそう書いてありました。」

と言って譲らなかったそうな。

もちろん、その学生が、きちんと文意を読み取れず誤解していたのかも知れない。でも、最近は、あまりにもライトな本で溢れかえっているので、その手の本に当たってしまった可能性も十分にある。

文体がライトなことが悪いとは全く思わない。しかし、内容というか、書かれていることの信憑性までがライトであっては絶対にならないのだと思う。ライトな文体で核心を突くようなことを書くためには、実は難しいことを難しく書くよりも、よほど高度な技を必要とする。「文がくどい」「文面が黒い(必要以上に漢字が多いため)」と言われ続けている私としては、軽やかな筆致で深淵をのぞけるような文を書くのが憧れなのだが・・・・一生無理だろうな(苦笑)。(2008/07/03)

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。
文面が白いと学生時代に言われた者です(汗)

今の学生さんたちって
バブルが崩壊して厳しい経済状況の中で
思春期を過ごしてきたからかしら
根は真面目なのよね
やんちゃな冒険をすることはなくて
毎日が地味?地道だったりする。

お酒を飲みながらああでもこうでもなんてことも
しないんだってね~
一見無駄のようなことが、見聞を広めて自分を深めたりするときもあるんだけどね。

で、不協和音の最初って、本当は?

おそくなりましたがリンク大歓迎です!
ワタクシもリンクいただいていきます。

投稿: parko | 2008年7月 6日 (日) 23時40分

毎度どうもです!

本当に、今の学生や若い社会人たちって、お酒を飲まないんだってね。居酒屋が社会の縮図だった私には信じられない・・・(爆)。

>>一見無駄のようなことが、見聞を広めて自分を深めたりするときもあるんだけどね。

そうそう! まさに「我が意を得たり」の気分ですよ~ 

とにかく、今の風潮って「効率優先」「実利第一」で、物事を測る尺度が「役に立つか立たないか」だけじゃないか、と思えるくらいなのが、ぎすぎすしている(割には無気力な)原因じゃないかと。

 #「原因」と変換しようとしたら「鯨飲」と変化してしまった・・・


で、本題?の不協和音ですが・・・やはり、この世に「和音」が存在した瞬間から、「協和音」と「そうでない=不協和音」が存在したのではと。ただ、時代によって「協和音と感じるか/不協和音と感じるか」は変化しているようです。

当夜の我が「指導教授」も著者に加わっている『音楽キーワード事典』(東川清一・平野昭 編著/春秋社1988年)をパラパラと見てみると、1500年以前には「不協和音」と感じられていたものが、16世紀に入ると協和音とされるようになったとか。

そういう感じですから、20世紀転換期になってシェーンベルクが初めて不協和音を使った、というのは錯誤も甚だしい、ということになるわけです(^^; 12音技法と勘違いしたのだろうとは思うのですが、あれは「不協和音」というより「無調」の世界ですゆえ・・

あと、リンク多謝です! これからもどうぞよろしく。

投稿: ウルズラ | 2008年7月 7日 (月) 20時13分

遅ればせながら・・・

「文面が白い」って、「面白い」ってことなのかしら??  納得~~~~~(逃走)

投稿: ウルズラ | 2008年7月 7日 (月) 20時15分

 こんばんは、やはり文面が黒いと言われている「オペラの夜」です。

 楽典では、不協和音と云うのは協和音の対立概念ですから、曲中で準備し解決することにより、三度の前の二度を不協和音と呼んでいる訳です。

 音楽史では、14世紀以前のテキトーに並んでいた和音を、15世紀前半に三和音主体へ整理した時点が、中世からルネサンスへの転換点としています。

 一体誰が、トニカ・ドミナントによる三和音体制を発明し、最初に不協和音を使ったのか?なんてことは、教科書にも書いてありません。

投稿: Pilgrim | 2008年7月 8日 (火) 22時56分

Pilgrim さん、こんにちは。コメントをどうもありがとうございます。

1500年頃までは、完全1度と完全8度、完全5度、完全4度の4つしか「協和音」と見なされていなかったそうですが、完全1度と8度はともかくとして、4度と5度は、むしろ調を感じない分、不思議な響きがします。・・と感じるのは、私だけなんでしょうか(^^;

特に私は弦楽器で耳ができているので、完全5度はチューニングのときに一番馴染みが深いです。

投稿: ウルズラ | 2008年7月 9日 (水) 13時39分

 ウルズラさん、返信ありがとうございます。

 確かにヨーロッパ中世の音楽は、四度・五度の頻発と、無闇にリズムの複雑なこともあり、現代の耳からすると妙に前衛的に聴こえます。

 グレゴリオ聖歌の教会旋法で、長三和音の作曲は難しい。そこで長音階が発明され、掛留と解決による曲が作られ出した…。つまり、ゴシックからルネサンスに移行した美術・建築様式と同じ感覚で、ルネサンスの人たちは五度よりも三度を好んだ、と僕は勝手に解釈しています。

投稿: Pilgrim | 2008年7月10日 (木) 13時44分

>> Pilgrim さん

もうずいぶん前ですが、当時の吟遊詩人がそう歌っていたであろう、という推測のもとに復刻上演?された、『トリスタンとイゾルデ』を聴いたことがあります。その頃はあまり馴染みのない響きでしたので、とても新鮮だったのを覚えています。中高ドイツ語だけでなく、古フランス語も混ざっていたりで、大陸性を感じました。

中世の頃から音楽理論家が音程の理論づけや分類を試みていて、ということは、やはりいつの世にも「響きの感じ方」が、その前の時代とは変わってきている、ということなのかなと思います。

投稿: ウルズラ | 2008年7月11日 (金) 07時54分

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