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2008年12月

年末年始

もともと更新頻度の低いこのブログ、そうは言うもののやはり一年の締めくくりに何か書かなければ・・・という気持ちになり、眠り気味(笑)のパソコンを開いてみる。

しかし、「今年一年のコンサートを振り返って」とエラそうに言えるほどには通っていないし(汗)、これまでは年末と言えばNHK-FMの「バイロイト音楽祭」だったのだが、年のせいか、今年は最後まで聴くことなく沈没し続けてしまった・・・・orz 昨夜くらいは『パルシファル』で締めくくろうと思っていたのに、23時には限界に。(;´д`)トホホ…

あ、でも『の★だめ』の再放送第一夜は見た(笑)。今日の第二夜も見るつもりだ。それにしても、たとえ仕事でとはいえ、あの指揮台に立てるなんて、何て羨ましい! いやいや、いくらなんでも指揮台は不遜だから、せめてテュッティのプルト末席に潜り込みたい・・・

という妄想はさておき、手指を金属アレルギーからくる湿疹でやられてしまったために、ヴィオラを弾けなくなって2年も経ってしまった。ようやく回復の兆しが見えてきたので、来年は楽器に触ってみたい。でも、楽器のニスや、松ヤニや、弦に巻かれている金属でまたダメになってしまうのだろうか。ちょっと怖い。

あとは、やっぱり歌姫修行を始めること! 私の身辺がもう少し落ち着き、ひぐらし師匠の受入れ態勢も整ってから、ということになっている。目指すはカルメンか!?と思うものの、自慢ではないが、私はラテン系の言語はからきし駄目なのだ。第三外国語の古典ギリシャ語は何とか食らいついて行ったし(← ただし、もう忘却の彼方 )、ロシア語は通訳養成所で一年間どっぷり浸かったこともあるので(← ただし、もう15年前のお話)、キリル文字系はいいのだが、ラテン語は一ヶ月で脱落、フランス語は三度ほどトライしたことがあるのだが過去形まで行ったことがない。スペイン語に至っては、英語の be 動詞にあたる動詞の活用を何とか諳んじたところでストップ。やはり、カルメンは避けたほうが無難ということか・・・・

今年は、いろいろと自分も家族も環境が変ったこともあってか、全体的に少し焦り気味だったかも知れない。「あれも、これも」と遮二無二突き進んで、挙句から周りしてしまったような一年だった。来年は、もう少し地に足をつけて歩みたいものだ。牛の歩みでもよいのだからtaurus。 

と、いちおう年末締めくくりモードになったところで、皆さまも、どうぞ良いお年をbottle。(2008/12/31)

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同窓会

昨日、小学校時代の同窓会があった。卒業してからも何度かやったが、今回は実に20年ぶり(?)。私自身も相貌がかなり変ってしまったし(笑)、みんなのことも判るかな・・・と、たくさんの期待と少しの不安を抱えて出かけた。

でも、会ってしまえば、そんな不安はうそのように吹き飛んでしまった。共に語るうちに、どんどん昔の細かいエピソードが蘇ってきて、何となく役回りも当時のままになってしまったりで、本当に幼馴染というのは不思議なつながりだ。

何より、担任の先生がお元気そうで、私たちの中にあったイメージと殆どお変わりがなかったことが、本当に嬉しかった。これは皆同じ思いだったと思う。当時の(もう30年くらい前の話だ)さもない寄せ書きのようなもの・・・それもちゃんとした色紙ではなく、そこら辺にあったような紙に書かれたボロボロのものを、持ってきてくださったり、学級新聞を手書きで編集し直したものを全員に配ってくださったりと、本当に何年経っても先生は先生なんだ・・・と、出席者全員、感服してしまった。私たちが卒業してからだって、何クラスも担任で持たれたろうに、このクラスのものがこんなに出てくるなんて、本当に奇跡のように思えた。

皆それぞれ、さまざまな道に進んでいたが、個人的に「クラスの出世頭じゃないか!」と思ったのがMくん。彼は、アニメーション撮影の仕事から、今では監督を務めるまでになっていた。日曜午後5時から放映中の、あのアニメでも監督をしているというから驚いた。このシリーズの初代が放映されていたのが中学生の頃。きっと、Mくんも熱心に観ていたのだろう。その作品を今、自分で手掛けるなんて、いったいどんな気分なんだろう。素晴らしいなぁ、と素直に羨ましかった。

もともと女子の多いクラスだったが、そうと知らずに街ですれ違ったら判らないだろうな、というくらい垢抜けて綺麗になっている人が多くて、これまた驚いたshine 幹事のUくん、本当にありがとう。お疲れさまgood Rちゃん、今度ボトル入れに行きますbar 小柳小学校、万歳!ヽ(´▽`)/ (2008/12/07)

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加藤周一氏逝去

加藤周一氏が亡くなった。89歳ということで、「大往生」と言っても良いのだろうが、やはりショックだ。

私が加藤氏の文章に始めて接したのは、確か中学生か高校生の頃、現国の教科書でだった。教科書に採られた文章だから、ごく身近なことを例に挙げて論じられていたと記憶しているが、身近なだけに「そんな視点もあったのか!」とびっくりしたものだ。

広く浅いカタログ的な知識が重宝がられ、そういう知識とも言えないような薄い内容のものが新書になり、よりにもよってこういうものに限って「大好評」を博すような昨今、加藤氏のような真の評論家がいなくなってしまうのは、本当に残念だ。

もちろん、カタログ的なものが不要と言っているわけではない。実際、私も時として便利に使わせてもらうこともある。しかし、私が危惧するのは、そういうものをもてはやすあまりに、深い省察を「むずかしい」「しきいが高い」とコンプレックス丸出しのバッシングに近い語調で叩くような今の風潮だ。

世の中、「シロかクロか」で割り切れるほど単純ではないのに、「ものごとを好んでフクザツにしたがる輩を斬る!」的な煽動的なタイトルの本が売れているらしいのが、何とも気になる。

ある程度の地点に行くためには「むずかしさ」をクリアしなければならないのは当然なのに、その「当然」な手続きを面倒がっているのでは、「日本の偏差値」が低くなっても、それこそ当然のことだろう。余談だが、我が家ではついに新聞の購読をやめてしまった。あまりに低俗な週刊誌的文章しか読めなくなってしまったから。というより、読む価値のある所が見当たらなくなってしまったから、と言うのが正直なところだ。(2008/12/06)

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