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ミラノ・スカラ座『アイーダ』

Photo 朝晩涼しくなり芸術の秋を感じさせる今日このごろ、ミラノ・スカラ座の『アイーダ』(ヴェルディ作曲)を聴いた(9月6日・NHKホール)。少々体調を崩し、ここ半年ほどろくに演奏会場に足を運べずにいたのだが、久し振りのリハビリにはぴったりで、「何か論文ネタを・・・」という下心を持つ必要もなく(苦笑)、グランド・オペラのゴージャスさを心ゆくまで楽しむことができた。

何よりもまず、バレンボイムの指揮が好きだ。これまでもベルリン国立歌劇場の『リング』や『モーゼとアロン』で感服していたのだが、今回の『アイーダ』でも自分の好みとの相性の良さを再確認した。オーケストラと合唱の響きが豊かで、それがしっかりと舞台を支えていたため、ソリストの多少の事故も気にならないほどだった。それもこれも、やはりバレンボイムの統率力に負うところが大きいのだろう。

この作品で恐らく最も有名な第二幕の凱旋式典。名曲といわれる曲にはそれだけの理由があって、楽曲そのものが大変に良く出来ている場合がほとんどであり、またそれだけに演奏者の実力も出てしまうものだと認識しているが、今回の上演ではこの場面の出来が素晴らしかった。バレンボイムはこの場全体の流れをしっかり捉えていて、はじめから感情過多に飛ばすのではなく、厚みを持たせながらも控えめとも思える響きで合唱が始まり、件の行進曲でも、オーケストラの低音を響かせたどっしりとした構え。それが劇の進行と共にどんどん盛り上がっていく様は見事としか言いようがなかった。

アムネリス、アイーダ、ラダメスの主役三人は、それぞれに声は美しかったのだが、全体にもう少し押し出しが強ければ、もっともっと素晴らしい上演になっただろう。個人的には、アイーダの父アモナスロを歌ったホアン・ポンスが聴く側に直に届く歌唱だったと思う。(2009/09/07)

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