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「文学の仕事」(加藤周一)

タイトルに掲げた題名の文章は、加藤周一氏の『私にとっての20世紀 付 最後のメッセージ』(岩波現代文庫)に収録されている。

 「文学がなぜ必要かといえば、人生または社会の目的を定義するためです。文学は目的を決めるのに役立つというよりも、文学によって目的を決めるのです。」

という書き出しで始まるこの文章、少しあとに

 「どうしたら経済的にうまくいくか、みんなが豊かになるかというのは、科学技術から出てくるかもしれない。家が大きくなって庭が広くなる。しかし、ではそれから何をするかということはそこからは出てこない。もう少し長期的にある生き方を選ぼうとするならば、そのときに参考になり得るのは文学だと思います。」

という件がある。現在は未曾有の経済危機だと言われているが、そうではなくて豊かな時代であっても、「その先」を真剣に考えている人はそう多くはないのではないだろうか。少しでも時間が空けば何か予定を入れて、立ち止まることがない。立ち止まることは「停滞」とみなされ、前へ前へと進むことが正しいことだと推奨される。その余裕のなさを私は危惧する。

本文中ではさらにこの後、孔子の牛の話が例に出てくる。この話は、聖書の中の「放蕩息子」の逸話に似ており、目の前で苦しんでいる一頭の牛を助けることに意義があるか、ということが問題になっている。「たくさん〔の牛が〕苦しんでいるのだから一頭くらい助けてもしようがないという考えには、苦しんでいる牛全部を解放しなければならないということが前提にある」としながらも、その前提では「なぜ牛が苦しんでいるかへの答えにはなっていない」と指摘する。そして、やはり「出発点に返」って「目の前で苦しんでいる一頭の牛を助けることが先なのです」と言う。

周知の通り、加藤氏は東大医学部の出身である。医師である加藤氏のこの言葉には重みがある。事実、このすぐ後の段に「一人の人の命が大事でない人は、ただ抽象的に何百人の人の命のことをしゃべっても、それはただ言葉だけであって、本当の行動にはつながっていかない」と述べている。大病院で多くの受け持ち患者を抱え、「一分一秒も無駄にできず」一人一人の患者にいちいち対応するのには限界がある、そんなことをするよりも一人でも多くの患者を救うほうが先決だ、という大義名分のもとに、個々の患者の意思は事実上無視されているのが現状だ。ちょっとした口先だけで「患者さんのことを慮っています」というようなことを言われても、それこそ「本当の行動にはつながっていかない」ことを、私自身ごく最近痛感したばかりだ。

加藤氏は、「一頭の牛」「一人の人」の命が何故大切なのか、個はすなわち全体であるということ、それをわかるための目的が文学的目的なのだと言っているのだが、「文学は生命に直接関わらない」と一般に見なされているのにも似て、「一人の人の命」を救うことが原点のはずの医師達に「個はすなわち全体である」との意識が希薄なのには慨嘆の念を禁じえない。さらに言えば、単に生命さえ救えば良いのではなく、「なぜ牛が苦しんでいるのか」ということまで理解しようとしないと、それは治療とは言えないのだが。

加藤氏はこの後に、黙っていれば助かったものを、ナチスの将校の前で自分が俳優であることを証明して見せ銃殺されたポーランド人の例を挙げ、

 「自分の物理的な死よりももっと大事なもの、生命よりももっと大事なのは自分の俳優としての誇りです。」

と述べる。一般には、物理的な生命以上に大切なものはない、という価値観が共通認識としてある。しかし、個人には「絶対に譲れない一線」というものがある。それを直接生命に関わっている医師が、意外と一番解っていないようだ。恐らくは、時間に追われ余裕がなくなっていることも関係しているのだろう。しかし、いま言われている「医療不信」とは、そう大仰なことなのではなく、そういう医師「個人」の無理解が根にあるだけの話なのではないだろうか。時間に追われ立ち止まることのない医師には、加藤氏の言うように「出発点に返」ってほしいものだ。

 「放っておけば、(・・・)牛も息絶えるかもしれない。あるいは俳優としての自分のアイデンティティが壊されるかもしれない。そういうときに、最後に自分のほうに引き寄せるもの、そこに文学の力があると思うし、そのことを文学者が語らなければ誰も語らないと思うのです。」

つまり、「個」を「全体」にまで敷衍しうる力を持つもの、それが文学のもつ力であり、「全体」のために「個」を犠牲にするあらゆる組織・権力・無理解に対抗し、個人たる「私」が自己を見失わずにいるための術なのである。(2009/10/26)

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