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新国立劇場『アラベッラ』

10月2日、新国立劇場でR.シュトラウス/ホフマンスタール作『アラベラ』の初日を聴いた。

『アラベラ』といえば、一つ目の(笑)修士論文のテーマに選び、その後博士課程にいる時にも、慣習的なカットの及ぼす影響について一本小論文を書いたことがる。そういえば、新国立劇場のこけら落とし公演でもあったこの『アラベラ』、その時に初めて公演プログラムの原稿を書いた、思い出の作品だ。

さて、そのような思い入れのある『アラベラ』だが、上記のカットについて書いたのが2000年で、それ以来あまり聴いていなかった。今回、久しぶりに聴いて、「やはり良い作品だ」と改めて実感した。「良い作品だ」と思えるには、良い演奏でなければならないものだが、当夜の演奏は、歌手もオーケストラも素晴らしかったのである。

アラベラ役のミヒャエラ・カウネ、ズデンカ役のアグネーテ・ムンク・ラスムッセンの姉妹役が、それぞれの役柄に良くはまっていて、歌にも説得力があった。第一幕の「でも、相応しい人が」は、民謡的なメロディーの素朴な美しさと懐かしさで有名だが、アラベラの“乙女の憧れ”が歌われるこの場面で、それを聴いたズデンカが「やっぱりお姉さまが大好き」となってしまうのが、少々都合良い「姉妹愛」なのでは?と思わないでもなかったのだが、弱音(じゃくおん)をとても大切にし、響きを抱くように綺麗な声で丁寧に歌い上げるカウネのアラベラは、ズデンカならずとも「あなたのためなら力になるわ」と思わせてしまう魅力を示してくれた。

マンドリカ役のトーマス・ヨハネス・マイヤーも、朴訥で短兵急なこの役柄に合っていたと思う。慣習的なカットによるところも大きいのだが、たいていの場合マンドリカという男は、「アラベラの裏切りに対する疑惑に苦しむが、誤解が解けてアラベラと結ばれる」という側面が強調されることで、「女に翻弄される可哀想な男」として得をしている部分がある。しかし、この公演では、細かいところまでは確認できないが、あまり通例のようなカットが施されていなかったようで、実はマンドリカがアラベラに対して侮辱的な言葉をしつこく吐き、それでもアラベラはマンドリカへの誠意と、ズデンカに対する愛情、そして自分自身のプライドを保ち続ける、それゆえに、ラストの、マンドリカを赦し水を満たしたグラスを捧げる場面が感動的になるのだ、ということが良く解る舞台になっていた。

また、第三幕でのアラベラとズデンカの大切なやり取りもカットされていなかったと思われるので、互いが互いを必要とし、それぞれが学びあったことでハッピーエンドを迎えることができた過程もきちんと描かれていた。今回は上演時間が少し長いのだが、この作品の本当の魅力を知る上では必要な長さだということだ。

ウルフ・シルマー指揮の東京フィルハーモニー交響楽団も大健闘で、幕開けから、「あ、このモチーフはもうこんなところで鳴っていたんだ」「あそこでもここでも、こんなモチーフが・・・」と、新たな発見をさせてくれた(そんなこともなかなかないと思うのだが・・・)。なにより、“シュトラウスの響き”を紡ぎだしていたことは特筆に値するのではないだろうか。

さらに今回の再発見は、マッテオだ。マッテオ役というのは、テノールの役ということもあり、個人的に「それって、どうよ」というところの多いキャラクターなのだが、オリヴァー・リンゲルハーンの演じるマッテオは、恰好よかった。第三幕で、「すべての責任は私にあります」と言うところも、「それでこそ男だ!」と喝采を送りたくなるようで、この役を少し見直した。

アラベラの父親ヴァルトナー伯爵役の妻屋秀和も秀逸。滑稽でありながら人情味のある、娘たちのために一生懸命な父親の側面が出ていて、これも、これまでの「金のために娘を売った父親」というばかりではない役柄を見直すきっかけになった。ドイツ語のセリフもけっこうある役だが、よくこなれていて自然にこちらも楽しめた。

上記のように、カットを少なくすることで作品のテーマを丁寧に描き出していたことと、歌手たちとオーケストラの双方が、音と言葉の響きのひとつひとつを大切にしていたことで、この作品の魅力を最大限に引き出していた。海外のプロダクションであっても、ここまでの成功はなかなかないかも知れない。かつてこの作品解釈で艱難辛苦した身にも、夢のような感動が沁みわたる素敵な舞台だった。(2010/10/04)

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