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私のヴィオラ遍歴(其の伍)

ヴィオラというパートは、どこのオケでも大抵は人手不足です。ウチの大学オケも例外ではなく、OBとOGだけではまかないきれないため、トラ集めもパートリーダーの重要な任務でした。そして、トラに呼んだらそのトラの所属オケにもトラで呼ばれることに当然なります。そして行った先で「では次はウチにも・・・」と、さらにトラに呼ばれ・・・・芋づる式ですね。

私も2年生の後半あたりからぼちぼちトラで呼ばれるようになり、3年生の時はもう凄いことになっていました。年間で20回近く本番に乗ったと思います。初心者で始めた普通大学の学生にはあり得ない数です。音大生のわけでもないので、さすがに日常に支障を来たし始め、お断りはするのですが、それでも二度三度と電話を頂き熱心にかき口説かれて、悪い気のするはずがありません。単にどこもトラ集めに必死なだけなのですが(笑)、私はどんどん慢心し、「本番の数=実力の証」と考えるようになっていってしまいました。

今思えば、若気の至りとは言え本当に恥ずかしいことですし、後輩たちにもずいぶん迷惑をかけたと思います。でも外でチヤホヤされて、「また音大生に間違えられちゃったよーん」と、もうこの勘違いは留まるところを知りません。4年生になってパートリーダーも後輩に譲ると、もう自由の身だと言わんばかりにあちらこちらのオケにヴィオラ一挺担いで乗り込み、荒らしまくっていました(爆)。

そんな私に、「Hさん(後輩)たちが可哀想だよ」と忠告してきたのがJKでした。

そして、「ヴィオラが大変みたいだから、自分も野口さんの突撃びおら隊に入れてください!」と言って来たのです。私が良くできた人物であったなら、ヴァイオリン経験者として鳴り物入りで入ってきたJKが、ヴィオラに来てくれるということを喜んだでしょう。でも、入部の時の “あの言葉” にいつまでも拘っていた小者の私は、「お前なんていらないよ」と言ってしまったのです。

ですが、とんがっているように見えて実は非常に誠実なJKは、その後も何度もヴィオラパート入りを打診して来ました。私の家にも電話してきたことがあると記憶しています。「私の目の黒いうちは入れてやらん!」と冷たくあしらい続けた私もついに根負け、JKは突撃びおら隊の一員になりました。

今となっては正確な前後関係が不明瞭な部分もありますが、普通ならここで「さすがのノグチも改心し、卒業までの半年間、先輩として後輩のために尽力したのでした。」となるところでしょうが、もはや傲慢としか言いようのないまでに天狗になっていた私は、更なる暴挙に出たのでした。(・・・続く)

(2014/02/25)

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