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私のヴィオラ遍歴(其の拾壱)




楽器が工房から退院したのが7月半ば。早速音を出してみましたが、「お〜、思ったより出るじゃん!」と、まるで大学オケの部室に拉致された時のような・・・既視感(笑)。ただ、弾く感覚は身体の芯に残ってはいても、身体がそれに付いていかない感じ。指の力も衰えていたし、指先の皮もすっかり薄くなっていて、ポジション移動をしてみると指の腹が裂けるかと思うほど。たかだか5ポジまで上がった程度で二の腕がつったり(爆)。

師匠に連絡しなければ、と思うものの、ブランクが長すぎて、いきなりメールや電話でというのも非常に失礼な気がしたので、手紙を出しました。恐る恐る。そして投函した翌日に師匠からメールが入りました。あまりの速攻レスポンスに、はやる気持ちと怖い気持ちでバクバクしながらメールを開くと、「手紙受け取りました。取り急ぎメールにて。レッスン再開を歓迎します」との内容。ヘナヘナと力が抜けました(^_^;)。JKだけでなく師匠にも再開を「嬉しい」と言って頂き、私は本当に周りの人に恵まれていると思いました。さすがにすぐにレッスンというのも厳しい状況だったので、再開は10月ということになりました。

また開放弦から練習を始めたその頃、SNSで広がり始めていた大学オケの輪の一環で、私の二代下、つまりJKと同じ代で当時ヴァイオリン、今はヴィオラを弾いているHの家で女子会が開かれることになりました。女子会・・・と言うよりサバト^^;と呼ぶのが相応しいような阿鼻叫喚の中で、そこでも久しぶりに再会した先輩・後輩もいました。楽しかったなー。またやろうよね、サバトw

やがて8月になり、Dに頼んでKフィルの練習に参加させてもらえることになり、演目をスコアでさらったりしていました。そんな折、JKが熱心に活動するカルテットの演奏会が(何とか)行き得る場所であるというではありませんか。しかも、その日は私の誕生日! 相方に「今年の誕生日プレゼントはこれだ!」と言って車を出させ、一路演奏会場へ。

片道3時間くらいだったでしょうか(^_^;)? 夕方にようよう会場を探し当て、取り敢えず駐車場に車を入れると、JKが気付いて出てきてくれました。立ち話をした後、開演まで少し間があったので、その地の名物ラーメンを食べに街中まで。そしていよいよ開演を待ちます。

6月のY響はオケとしての演奏会だったので、JK個人の音を聴いたわけではありません。ですが室内楽ならバッチリです(笑)。しかも、その日はドヴォルザークの《アメリカ》が演目に入っていました。冒頭からどソロを弾くJKの雄姿に間近で接しようと、目の前に陣取ったところ「えっ、そこ!?」とJKにたじろがれ(?笑)、その様子を見ていた相方に「後輩いじめもいい加減にしろ」と襟首を掴まれてやむなく後退w

しかしまあ当然のことですが、そんな私の出しゃばりなんぞにJKが動ずるはずもなく、演目の解説に始まり、演奏も見事でした。彼が指導をしている大学オケの学生と思しき子たちと話す様子からも、JKが慕われ敬われていることが窺えました。

帰りの車の中で相方も「Kさん、すごくいい音だったね。ソリスティックな感じで」などと言っておりましたが、確かにJKの音は、単にヴィオラの音と言うよりも、ヴィオラという楽器なのはたまたまで、ヴィオラを媒体として「JK」という音楽が奏されている、という印象です。こういう言い方をしてJKが喜ぶかどうか判りませんけれど(笑)。

そしてそれから一週間。いよいよKフィルの練習に参加する日がやってきました。(続く)

(2014/03/03)

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