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私のヴィオラ遍歴(其の拾弐)





ヴィオラに触ったのも6年ぶりなら、オケで弾くのは実に10年ぶり以上です。だいじょぶなのか、私・・・。しかも、二回参加した練習はいずれも弦・管分奏で練習場所も少し離れたところだったので、頼みの綱のDにその夏は会えないことが分かっていました。何とも心細い気分で練習場に入ったのでしたが、Kフィルの皆さんは快く受け容れてくださり、ホッとしました。

「誰の知り合いなんですか?」と近くに座っていた人にきかれ、「ああ、Dちゃん・・・あ、ホルンのDくんって判ります? インペクやってるって聞いてるんですけど」と答えると、「ええっ、Dくん、って、あのDさんのことですよね?」と驚いて確認されました。「Dさんのことを “くん” 付けで呼ぶなんて・・・」。こう言ったその団員さんは、きっとその後の「あんた何者ですか」という言葉を呑み込んだに違いありません(笑)。Dも大した人望を得て活動をしているのだなと、何だか誇らしかったです(←後輩の威光の上に胡坐をかく先輩w)。

そのようにして私の熱い夏も終わりました。リハビリもろくにせず参加したオケ練でわかったこと。無理をしてオケの曲を弾くと、「オケ荒らし」時代のクセが一番悪い形で出るということ。なので、しばらくはオケのパート譜は開かず、レッスンに備えた練習に専念しました。

そして、レッスン再開の約束をしていた10月。6年ぶりにお会いするのがいきなりレッスンの場、というのも居心地が悪かったので、直前にお酒が好きな師匠と飲み会をすることに。振り返ればこれまた有り難すぎて涙がちょちょ切れるような話なのですが、私にとってそのような「ここ一番」の場になったお店を、今をときめくテノール歌手のM様にご推薦いただいて、無事、師匠と再会いたしました。その時に頂いた、おビールの写真でございます。M様、今さらですが、素敵なお店をご紹介頂き、本当にどうもありがとうございました(号泣)。

じゃあ、明後日。と言って師匠と別れ、さてその二日後。

・・・・ししょーのレッスン、健在。否、基礎の厳しさは明らかにバージョンアップ。もう、「山に良質の木材を切り出しに行く」以前の、まずは山への入り方、木材の見分け方から仕込み直しです(滝汗)。私が間違ってうかうか川の方へ行きそうになるのを、山に引き戻す・・・そんなイメージでしょうか(よく解らないですよね^_^;)。やはり6年のブランクは大きかったです。それも、小さい頃から弾いていたわけではなく、大学に入ってから始め、しかも「荒らし」時代を経た身には、五里霧中と言いますか、見通しの良くない道無き道を行く、といった感じでした。

そんなこんなで、とにもかくにもレッスンを再開した1ヶ月後の11月。ついに私はY響のホームグラウンドへ行くことにします。(続く)

(2014/03/04)

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