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望月哲也 Wanderer Vol.5





もう一週間経ってしまいましたが、テノール歌手・望月哲也さんのリサイタルを聴きました(3月6日・王子ホール)。望月さんの歌はオペラではよく聴かせて頂いていますが、実は歌曲の実演に接したのは初めてです(ごめんなさいごめんなさい)。

歌曲というものは、本当に言葉と音楽がありのままの姿を晒け出すものなのだな、というのが第一印象でした。そして、その有りようの何と幸福であることだろう、と強く強く感じました。河原忠之さんが織りなすピアノの豊かな響きに包まれ、それと一体と化しながら、さらに抜きん出てくる歌声に圧倒されてしまっていた、というのが正直なところです。CDなどの録音で聴くのとはやはり全然違います。

ピアノの蓋が全開でありながら、そしてあれだけの響きの中にありながら、言葉が実に綺麗に届いて来てドキドキしてしまいました。本当にすごいお二人です。

望月さんは歌詞をご自分で翻訳なさいます。つまり、言葉を感じ、音楽を感じ、それを内なる作業を経て再生成し「声」で表現する・・・という離れ業をなさっているものと拝察いたします。ひーひー言いながら言葉のみを扱う者にしてみれば、心より羨ましいことです。それはもう、羨望を通り越して嫉妬すら感じるほどに(笑)。

当日は息子と聴きに出掛けたのですが、独特の感性で音楽の印象を色で表す彼によれば、マーラーは虹色、ツェムリンスキーはクリーム色、シェーンベルクは赤紫、マルクスは藤色、ベルクは青紫(ブルーベリー色)、コルンゴルトは深緑。アンコールの最後に歌われたR. シュトラウスの《献呈》は藍色。これは夜の帷の色ということだそうです。確かに、歌もピアノも天穹に響き渡るようで、まさか《献呈》を、それもこんな凄い演奏で聴けるとは思っていなかったので、もうすっかり魂を抜かれてしまいました。

そう言えば、昔院生だった頃、声楽を習っている独文仲間がいて、パーティーで歌うことになったからとピアノ伴奏を頼まれたことがありました。何曲かやったのですが、その中に忘れもしないこの《献呈》もあって、ひーひー言いながら(こればっかりw)練習しましたっけ。私は歌えませんが、言葉を扱い、ピアノで歌に寄り添ってみた経験も(一応)あり、そのような自分の立場なりにいろいろと感慨深い一夜でございました。
(2014/03/13)

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