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2014年7月

調布音楽祭 望月哲也テノールリサイタル「詩人の恋」





7月4日から三日間に亘って開かれた調布音楽祭。5日(土)には、望月哲也さんのリサイタルを聴きに行きました(調布文化会館たづくり・くすのきホール)。

望月さんのリートを聴くのは、3月の王子ホール以来2度目。この間、4月〜6月にかけて新国立劇場のヴォツェックやアラベラでオペラは聴いていますが、今回は改めて、望月さんのリートへのアプローチに感嘆しました。

公演名にもなっているシューマンの歌曲集《詩人の恋》。正直、ハイネの詩を読んでいると「あ〜、このウジウジした男、何とかしてくれ」と思ってしまう不埒な独文者の私ですが(^^;)、シューマンの音楽を経て望月さんに「いや、こういうことなんだよ」と誠実に切々と訴えかけられた気がして、己れの不明と濁った心を反省しています(笑)。シューマンは、ハイネの言葉の響き・込められた意味・抑揚に忠実でありながら解釈を加えた付曲により詩の深みを増していますが、望月さんの語りとも言える歌によって、広がりを持った世界が創出されていたように思います。

信長貴富の歌曲集では、高田敏子の詩による《夕焼け》が心にズンと響きました。「夕焼けが血の色ではなく幸福な薔薇色に見えますように」。静かでありながら、悲痛なまでの叫び。そして、この夕焼けから、R. シュトラウスの作品27の歌曲集でプログラムが締められたことに、望月さんの心ばえを感じます。演目の合間に「明日には希望がある、Morgen! という歌で終わります」とお話しされていたように、夕焼けへの痛切な祈りを受け、明日に希望を繋ぐというこの構成。《明日! Morgen ! 》はよく、シュトラウス最晩年の作品『四つの最後の歌』の終曲 《夕焼けの中で Im Abendrot》と対比され、人生の夜明けと夕暮れという文脈で語られるのですが、望月さんは更に「夕焼け」の後に希望を持って「明日」を置かれた。このことの意味を深く心に留めたいと思います。

更に、《詩人の恋》で恋愛と失恋の絵巻を繰り広げた本公演のアンコールが、《愛の妙薬》から人知れぬ涙、そしてシュトラウスの《献呈》であったことにも、構成の妙を感じざるを得ませんでした。望月さんの解釈には本当に頭が下がりますorz

ひとつひとつの歌に込められた言葉と想いを掬い取り、全体をこのように構成し表現することで、公演そのものが望月哲也の作品になっているのだと、深く感じ入りました。

言葉が音楽を得て歌となり、さらに佳き表現者を得ると、何よりも深く心に喰い込む藝術となる。このことを体現しているのが望月さんの歌です。私はもう、実に30年近く音と言葉の関係を探究しているのですが、昏い書庫で辿り着いたこの「言葉が藝術になる過程」が、燦然と現前で起こっているということ、そしてそれに直に立ち会えるということに、心を揺さぶられずにはいられません。

そしてこの感動は、改めてこれまで支え共に歩んできてくれた家族への感謝を、涙ぐみたくなるような思いで湧き起こさせるのです。きっと、内省的な望月さんの優しさと勁さのなせる技なのでしょう。
(2014/07/09)

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