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軽井沢大賀ホール【追記あり】





梅雨入りし湿度の高い日が続くなか、爽やかな高原の風が吹く軽井沢へ行って来ました。





目的地は大賀ホールです。秋山雅子先生の朗読レッスンを受けるために、大賀ホール内にある演奏者ラウンジへ。秋山先生のご尽力により、ホールから文化活動に認定して頂き、格安で利用させて頂けることになったのです。まさか自分が大賀ホールの利用者になる日がやって来ようとは・・・。人生、何が起こるか分かりません。





レッスン内容は6月28日に行う朗読コンサートの練習で、今日はメインの《よだかの星》を読み込みました。セリフの部分が苦手な私に模範を示してくださり、当然とはいえ厳然と立ちはだかる実力の差に唖然としながらも、何とか自分のエンジンを空ぶかし(苦笑)して奮闘しました。

秋山先生は、私が JILA(国際芸術連盟)の朗読オーディションを受けた時に審査員をなさっておいででした。ご縁があって、個人的に朗読のレッスンを受けられるようになったわけですが、先生との出逢いは、間違いなく私の人生の中での転換点になると思います。私のごとき、よだかのように風采の上がらない不器用な人間を、こんなに引き揚げてくださる方が現れるなぞ、1年前に考えられたでしょうか。





レッスンの後は、瀟洒な珈琲屋でランチを頂きつつ、お互いの研究の話などをしました。秋山先生は、朗読を実践するだけでなく研究の対象にもなさっており、発想の豊かさ、その発想を形にするためのアクションの取り方、そして実現と成果に繋げる思慮深さと探究心の強さに、刺激を受ける・・・などと言うのもおこがましいような、眩しさすら感じました。

私でも役に立つことがあるのか、ささやかでも社会に還元できることがあるのだろうか、という漠とした不安・・・自身の存在への自信のなさから来る疑問に、常に怯えているようなところがあるのですが、そんな自分の危機の時に支えとなって来たのが、文学でした。音楽も勿論なのですが、依怙地な私の内面を深いところから支えてくれるのは、やはり何よりも文学なのです。その文学から受け取ったものを、何らかの形で残せたら、という思いで、無様ではありますがこれからも歩み続けようと思います。








音楽は言葉を超える、とはよく言われることですが、私の念頭に常にあるのは、「言葉の音楽性/音楽のメッセージ性」です。個人的には優劣はないと考えています。自分にとってどちらがしっくり来るか、という問題に過ぎません。私にとっては、言葉は音楽ですらあります。そのことは朗読をするようになって痛いほど感じています。言葉の響き・文章のリズムをどこまで感じ取り、どこまで表現できるのか。我ながら、困難な道に入り込んでしまったものだと呆れますが、探求は続きます。
(2015/06/15)

【追記】
秋山先生のブログでもご紹介頂きました!

さらに、当日は先生のなさっているインターネット・ラジオ「ドルチェタイム♪」で取材もして頂きました。突然のことで動揺しまくっていますが(^^;。よだか、そのまんまの無様さです^^;;
(2015/06/16)

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