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アンサンブル





この夏は、県外の音楽仲間二人と組んでいるトリオの合わせを二回やりました。去年の夏に結成したのですが、物理的な距離もあるため、一年ぶりのことです。でも、アンサンブルや音楽に対する姿勢や考え方が共有できているせいか、時間や年齢差(笑!)をものともせず、とても密度の濃い、充実した時間を持つことができました。

もちろん楽しむためにやっているわけですが、この「楽しむ」ということ一つとっても、価値観が違うとなかなか難しい面が出てくるものです。しかしこの点でも、この仲間はとても良い感じです。「本当に楽しむためには、それなりの準備、心構えが大前提だ」という考え方の方向が一致しているのです。自分に許される範囲で頑張る、というのも、言うまでもなく自分を甘やかしたり逃げるための言い訳ではなく、最大限の努力をする、という意味です。それぞれがどうしても譲れない一線が自分の中にある、という頑固なところも心地よくすらあります。あはは、むずかしーと、にこやかに笑いながら陰ではガッツリ妥協なくさらっているような仲間。





この冒頭に二回出てくる回音、ヴィオラとピアノで全く同じことをやるのですが、これがピッタリ合った時の幸福感と言ったらありません。ピッタリ合う時というのは、ニュアンスまで合うものなので、もう恍惚に近い。何度か合わせ、聴き合い、ぴったり寄り添ったり、時には少しリードしたり、相手を思いながら弾くとそうなるんですね、これが。寄り添い合うのがアンサンブルの醍醐味。

無難にそつなくまとめる、ということも時と場合によっては必要なことも勿論あります。また、その時の自分の手札だけで、特にこれといった準備なしに対応できてしまうこともあります。それが「経験」というものではありますが、それを実力と勘違いして、そのようなアウトプットが常態化してしまえば、少なくともそれ以上の成長はありません。常に高みを目指すためには、自分の過去の経験を守りに入るのではなく、やはり時間をかけた準備と不断の努力が必要不可欠なのです。そうでないと、到底「寄り添い合うアンサンブル」などできようはずもありません。それはとても勿体ないことですし、残念なことでもあります。





見た目の華やかさに惑わされない、地道な努力を重ねていきたい、という思いを新たにした夏です。
(2015/08/14)

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