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2016年10月

R. シュトラウス・シンポジウム論考集 御礼



(会場だった関西大学千里山キャンパス第一学舎)


昨年2015年5月31日に日本独文学会春季研究発表会で行ったシュトラウス・シンポジウム。その成果としてまとめた日本独文学会研究叢書を、10月22、23日に関西大学で開催された秋季研究発表会で配布しました。約200部あったものが、残ったのは何とたったの33部でした。



(右端のうす緑色のが私どもの叢書)


これで漸く、構想から数えると足かけ2年半のシュトラウス・シンポジウムに一区切りが付きました。しかも、望外の上首尾で。

評判というものは、意外と当事者の耳には直接届かないもので、ずいぶん経ってから「あのシンポジウムはすごく評判良かったですよね」と言われて「えっ、そうなんですか!? そうだったのなら嬉しいです」と、謙遜でも何でもなく本当に驚いたこともあったくらいです。それが今回、このように目に見える形で結果を出すことができて、自分でも意外なほどホッとし力が抜けて、その晩はいい気分で酔っ払ってしまいました(笑)。



(最終的な残部はこの33冊!)


正直に言えば、これまでは(今でもですが)決して平坦な道のりではなく、「こんな研究は意味がない」というような厳しいことを言われたり、心ない言葉で揶揄されることも少なからずありました。迎合したほうがよほど楽ではないかと、挫けかけたこともあります。でも不思議とその度に新しい出会いがあったり、別の機会への手を差し伸べられたりと助けられることが多く、何とか自分の思う道を歩んで来ることができたのです。

そのようにして細々と続けてきた研究をまとめたものが、これだけの部数捌けたということは、言うまでもなくそれだけ興味を持って頂けたということで、私の方向性は決して独善的でもなければ、間違ってもいなかったということなのだなと、心底安堵し、じんわりと喜びを噛み締めています。

もちろんこれは私などの力ではなく、演劇学の北川千香子さん、音楽学の広瀬大介さん、声楽家の望月哲也さんという(アイウエオ順です! 偶然シンポジウムでの発表順でもありますが…笑)、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの、名実ともに日本を代表する優秀な研究者・音楽家のお陰に他なりません。私などの呼びかけに快く応じてくださって、どうもありがとう。この顔ぶれが決まった時は、「私にできるんだろうか?」と震える思いも実はありました(告白)。でも皆さんのお陰でとても明るく楽しく、常に前向きな雰囲気で準備を進めることができて、この経験は一生のお宝です。



(左から、北川・望月・広瀬の各氏)


そして、私にこの機会というか指令を与えてくださった武蔵大学教授(今や副学長!)である光野正幸先生、この、漬け物石のように頑固でいつまで経っても不肖の弟子である私を、今もってお引き回しくださって、本当にどうもありがとうございます。少しはご恩返しができたようなら、とても嬉しいです。



(宅急便で送り返す覚悟もしていたのが、小ぶりのエコバッグでお持ち帰り可、という嬉しい結果に。)


そして、関心を持って昨年のシンポジウムを聴きにお出でくださった方々、今回の学会会場で研究叢書を手に取ってくださった方々に心より感謝申し上げます。
(2016/10/25)

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Stimme vol. 5 『風立ちぬ』終了



(竹風堂善光寺大門店3Fにある、大門ホールの控え室窓から望む)


昨日、見事な秋晴れに恵まれた日に、朗読コンサート Stimme vol. 5 を開催いたしました。





演目は、堀辰雄の名作中の名作、『風立ちぬ』。以前、堀の『大和路・信濃路』から「樹下」を読んだことはあったのですが、やはりこれだけの大作に挑むのにはかなりの勇気が必要でした。

今回、共演して頂いたヴァイオリニストの外山陽子さんとチェリストの宮澤等さんのお二方にサジェッションを頂き、耳に馴染みやすい曲をテーマ音楽のように扱ってみることにしました。そこで選んだのが、「庭の千草」の邦題で知られるアイルランド民謡の《夏の名残の薔薇》。これを、ヴァイオリン旋律・チェロ旋律・ヴァイオリン独奏・チェロ独奏とさまざまなヴァリエーションで、しかも場面によって奏法も変化させて頂き、とても効果を上げることができました。



(左から、チェリスト宮澤等さん、ヴァイオリニスト外山陽子さん、朗読者野口)


堀の文体というのは一種独特で、リズムがありながら、どこか良い意味でのトラップがあったりします。音楽で言えば装飾音があるような(?)。うっかり見切り発車で勝手に読むと、この罠にはまってしまうため、とことん、堀の文章に集中して対峙しないと、読ませてくれないのです。そこが堀文学の、情緒的でありながらも芯の強いところなのだろうかと、今回改めて感じました。

自然の描写も、自我のフィルターを通したヨーロッパ的なもので、日本的な花鳥風月の描き方とも異なり、自然の中に在る自分・自然を見つめ食い込んで行くような視線で捉えられています。

家人に指摘されて「そ、そうかな!?」と自分でたじろいでしまうのは、「読み方が恐ろしい」と。これは私の文学者としての、それも日本文学ではなくてドイツ文学者としての性のようなものかも知れないのですが、私が作品から引き出して伝えたいと思うのは、描写の(いわば表面上の)美しさだけではなく、その「美しさ」の根幹にあるものであって、それにアプローチしたいともがいているわけです。

それを「怖い」と評されてしまうのは、まだまだ深め方も実力も足りないということですが、この過程を経た上での「美しさ」を表現できて初めて、それは「美しい」ということになるのだという信念を持っています。

私は珠を転がすような美声の持ち主でもなければ、スラスラと流麗に読める器用なタイプでもなく、常にもがき憧れてジタバタしているような冴えない人間なのですが、そこに音楽があると、やはり救われるような気がするのです。(2016/10/17)


【今後の予定】
☆12月11日・ヴィオラ奏者中山良夫氏と宮澤賢治『よだかの星』(山形)

☆12月26日・ピアノ奏者大田麻佐子氏とパウル・ツェラン『声たち』(翻訳/野口)他(長野)

☆12月27日・ピアノ奏者大田麻佐子氏とミュラー『冬の旅』(翻訳/野口)他(黒姫)

☆2017年2月5日・中山良夫(ヴィオラ)高橋牧子(ピアノ)の両氏と、立原道造『優しき歌』、堀辰雄『浄瑠璃寺の春』(さいたま)

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