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2017年10月

立原道造『優しき歌』



(立原も堀口大學の翻訳でヴェルレーヌを読んだらしい)


『優しき歌』は、婚約者水戸部アサイのために編まれた詩集で、ヴェルレーヌの『優しい歌(堀口大學の訳による)』に倣ったと立原本人も述べており、ヴェルレーヌのこの詩集にはフォーレが曲を付けた歌曲集もあります。立原自身、まるで楽譜のような装幀のスケッチを遺しているほどなのですが、私個人の感覚だと、立原の詩には、ヴェルレーヌよりもリルケのほうが、そしてフォーレよりもドビュッシーのほうに親和性を感じます。



(信濃追分の秋)


『優しき歌』の「序の歌」では、冒頭で「おまへは どこから 来て /どこへ 私を過ぎて /消えて 行く?」と詠われ、第3連終わりでは「おまへ 優しい歌よ /私のうちの どこに 住む?」と問いかけ、最終の第4連では「それをどうして おまへのうちに /私はかへさう」と応え、さらに「夜ふかく /明るい闇の みちる時に?」と謎に満ちた自問自答で終わります。

第1連の「どこへ」、そして第4連最終行の「明るい闇」とは何かということを探るヒントが、立原の書簡に見られます。

「高い空には、砂のような巻雲が、さらさらとながれてゐる。地の上にも、光とかげとが美しい。花はしづかに溢れてゐる。けふは夏の日のをはり。もう秋の日のはじめ。大きな大きな身ぶりを描いて、不思議なひびきが空を過ぎる。しかし、僕らが明日を知らないこと!
ただ出発だ。どこへ? だれのために?」

これは水戸部アサイに宛てられた昭和13年9月4日付の書簡です。手紙ですら、このまま詩になるような立原の文章に溜め息が出ますが、この自問自答は、以下のように手紙を宛てたアサイの内へと帰結します。

「僕には信じられないくらゐの 不思議な美しい夏。それは、もうふたたびはくりかへしも出来なければ語ることも出来ないだらう。ただ出発! どこへ? おまへへ! 一層ふかく『僕ら』へ!」

しかしそれでも、そう記した立原は、この恋人を置いて尚も北に向かうのです。





「どこへ?」ーー wohin? ーー これは立原文学を理解するための一つのキーワードなのですが、これも明らかにゲーテの「dahin! 彼方へ!」の影響を受けているでしょう。「君よ知るや檸檬の花咲く国」…『ヴィルヘルム・マイスター』中のミニョンの歌として、あまりに有名な詩の一節です。立原がまず向かったのは北の盛岡でしたが、そのあと南の長崎に行っていることも興味深いです。南への憧れからイタリアを目指したゲーテは、『イタリア紀行』で「原植物 die Urpflanze」というある種の概念を発見したと記しますが、立原が見たものは何だったのでしょうか。
(2017/10/30)

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一夜限りの「詩人の恋」、記事にして頂きました

「一夜限りの『詩人の恋』」について、信濃毎日新聞の松本平タウン情報さんが記事にしてくださいました。実際よりも上等な人物のように書いていただき、野口は少し汗をかいています(滝汗)。





著作権の関係で全文を写真に撮ることはできませんが、お近くの方はお手に取って頂けると嬉しいです(記事の一部を写してアップすることについては許諾済みです)。

この記事を書いてくださった信毎の阿部さんとは、実は長野市内のお隣の地区の住人同士で(子どもが同じ中学)、しかも出身は東京の稲城市と府中市という、多摩川を挟んでお向かいの地域。そして、ピアニストの横山さんが国立音大のご出身というところに反応なさっていたので何かと思えば、都立国立高校をご卒業だとか(←優秀!)。松本で何故か千曲川でも犀川でも女鳥羽川でもなく、多摩川ローカルで盛り上がったという(^◇^;)。「世間は狭い」と言うよりも、ご縁というのは、そういうものかも知れないですね。

一夜限りの「詩人の恋」、来月11月18日(土)、あがたの森文化会館講堂にて17:00開演です。どうぞよろしくお願いいたします。





【公演タイトル】
言葉が、歌に憧れた。
一夜限りの「詩人の恋」

【日時】2017年11月18日(土)17:00開演(16:30開場)
【会場】松本市あがたの森文化会館講堂(長野県松本市県3-1-1)
【出演者】野口方子(朗読)、望月哲也(テノール)、横山紘子(ピアノ)
【入場料】一般:4,000円、学生:2,000円(全席自由)
【プログラム】
 立原道造『優しき歌』(朗読)
 立原道造/柴田南雄《優しき歌》(歌唱)
 立原道造『夢みたものは』(朗読)
 立原道造/木下牧子《夢みたものは》(歌唱)
 ハインリッヒ・ハイネ/ローベルト・シューマン《詩人の恋》(朗読+歌唱)
【プレイガイド】(7月29日 10:00よりチケット発売)
 全国:チケットぴあ(Pコード:336077)
 松本市:(株)ミュージックプラザ・オグチ松本駅前店 0263-33-5568
井上チケットぴあ 0263-34-3655
 長野市:ながの東急百貨店プレイガイド 026-226-8181(代表)
     ヒオキ楽器本店 026-291-6438
【主催】一夜限りの「詩人の恋」in 松本実行委員会
【後援】長野県、長野県教育委員会、松本市教育委員会、信濃毎日新聞社、(公財)信毎文化事業財団、松本平タウン情報、市民タイムス
【お問い合わせ】文化工房シュティンメstimme_kultur@yahoo.co.jp

※未就学児の入場はご遠慮ください。
※駐車場がありませんので、公共交通機関をご利用ください。
※会場建物が重要文化財のため、建物含め敷地内は火気厳禁(禁煙)ならびに建物内の飲食は禁止です。

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《優しき歌》と《詩人の恋》





来たる11月18日(土)に、信州松本のあがたの森文化会館講堂(旧松本高等学校講堂)で、テノールの望月哲也さんとリサイタルを開きます。

メインはハイネ/シューマンの《詩人の恋》ですが、いま壁にぶつかっているのが、前プロの立原道造/柴田南雄の《優しき歌》。原詩の朗読も、歌曲の歌唱も当然のことながら全く同じ日本語のテクストです。

朗読は、演者がテクストを直接解釈しその解釈のままに読むことができます。が、歌曲となると、歌い手以前にまず作曲者による詩の解釈があるわけです。歌い手自身の解釈も表現に必須なのは勿論ですが、作曲者による解釈としての作品がある以上、そこに「枠」が存在することは否めません。

朗読者と作曲者の解釈が異なる場合はどうするのか。そこが問題なわけです。今回の『優しき歌』には、単に「個人による見解の相違」だけでは済まされない断絶が存在するものがあります。「さびしき野辺」という詩がそれで、「野辺」という言葉(野原、火葬場、埋葬地、墓地。野辺送り)、「私」に花の名をささやいて行った「誰か」、「さびしき野辺」に「もつれ飛ぶ蝶」…これらから想起されるのは、明らかに「死」や「死者の魂」です。しかし、柴田の曲からは、どう贔屓目に見ても「死の影」を聴き取ることは難しいのです。むしろ、恋人と一緒に草原で蝶を追っているような長閑な曲想。立原が結核を患っていたという背景を柴田が意識し、敢えて憩いの場面を描いたのかも知れないと好意的に解したとしても、曲から受ける印象のこの相違ばかりは、もはや個人の好みという域ではなく、文学者としての譲れない一線を画すべきものです。しかし、音楽の力というのは非常に強いものであるとも、今さらながら感じています。たとえ私が死の世界に立って読んだとしても、長閑な曲想で歌われたら(しかも、望月哲也の表現力をもって歌われたら!)、聴き手に残るのは「長閑さ」のほうだろうと思います。



(信濃追分にある立原のレリーフ)


今回ご一緒いただく望月さんは、言葉に対する追究の深さの凄い方で、私が最も信頼する声楽家のお一人です。誰にでも言えることではありませんが、望月さんには「私は音楽に憧れて焦がれているけれども、文学作品として読むときは、音楽に規定されたくはないのだ!」という姿勢はお伝えしてあります。さて、どうなりますか。

公演は11月18日(土)17:00より、一般4000円、学生2000円。チケットぴあで発売中です(Pコード:336-077)。会場はJR松本駅から徒歩15分ほどです。どうぞお越しください。
(2017/10/15)

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