文化・芸術

一夜限りの「詩人の恋」終了



(終演後、舞台の上で記念撮影)


「一夜限りの『詩人の恋』」、お陰さまで大過なく終了致しました。改めまして、ご来場くださった方々、終演後に色々な手段で温かい言葉をかけてくださった方々、気にかけてくださった方々、そして何より、私の酔狂な企画に参加してくださった望月哲也さんと横山紘子さんに、心より御礼申し上げます。望月さんのコンディションも上々、横山さんのピアノも美しく、お聴き頂いた皆さまはさぞ感動なさったことだろうと確信しております。

私はと言えば、さすがに疲れてはいますが、本番前に自分で想像していた(本番中を含めた)心境とかなり違っていて、自分でも少々意外な気分で過ごしています(^^;

本番では、きっととても気分が高揚して泣きそうになるのではないかと予想していたのですが、実際には(もちろん緊張はしていましたが)さほど上がることもなく、感情の起伏もそれほどなく^^;、自分比淡々と読み、自分比冷静(?)に音楽を聴いて、粛々と終えた、という感じです。それでも、終演後に声を掛けてくださったびよら姉弟子さまや大学オケの先輩には抱きついてしまったので、やはり何らかの感情の動きはあったのであろうと思量しています。

打ち上げでは「丸周」さんに大層良くしていただきました。改めて感謝致します。私の女好きが露呈してしまうという想定外の展開になったりしましたが(爆)、美味しく楽しいひと時を過ごせました。疲れ過ぎて無表情だったと思いますが、どうかご寛恕のほどお願い申し上げます(_ _ ;



(最後の合同練習)


今回、改めて思ったのは、自分の専門分野に確固とした軸足を置くことの大切さです。異分野との交流は刺激的であり、得るものも多いですが、自分の専門を見失うことのないよう、流されることのないよう、客観的な視点を保たなければ、と痛感しました。

これを糧に、一研究者として、思索と考察をまた一歩深められれば幸甚です。

本当にどうもありがとうございました。

2017年11月19日 野口方子



(デザイナーの真子さんより頂きました。)

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詩人の恋



(地元のお店にポスターを貼って頂いております)


いよいよ来週に迫ってきました、「一夜限りの詩人の恋」。立原道造とハインリヒ・ハイネの2人の「詩人の恋」を、テノールの望月哲也さんの歌に乗せてお届けします。文字通り、松本でだけの公演になります。

夏の初合わせから、いつの間にやらもう秋!(という一節が立原の詩にございます…)

「いつの間に もう秋! 昨日は
夏だった……おだやかな陽気な
陽ざしが 林のなかに ざはめいてゐる
ひとところ 草の葉のゆれるあたりに」
(柴田が曲をつけなかった『また落葉林で』の第1連)



(夏の日の初合わせ風景)



(こちらはとある秋の日の都内某所での練習風景。圧倒される朗読者による激写…笑)


歌手・ピアニスト・朗読者3人の一致した意見は、「立原って難しい」「アタマで理解しようとするとダメっぽい」ということでした。頭でっかちな野口は少々難儀しておりますが、さすがは望月哲也、其処此処で朗読に寄せて歌ってくるという離れ業をなさっていて、内心たまげている朗読者です。ご期待くださいヽ(;▽;)



(チケットは、チケットぴあでも発売中です)

(2017/11/12)

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柴田南雄の《優しき歌》






前回書いたように、婚約者水戸部アサイを置いて立原は漂泊の旅に出ます。漂泊と言えばすぐに思い浮かぶのが、漂泊の魂 ーー ヘルマン・ヘッセの『クヌルプ』ですが、実際、これについてもアサイ宛の書簡に言及が見られます。

「おまへはクヌルプをよんだだらうか。あの漂泊の魂を。僕はおまへがヘルマン・ヘッセのところへ行くことをねがふ。
(…)
僕には ひとつの魂が課せられてゐる。どこか無限の、とほくに行かねばならない魂が、愛する者にすら別離を告げて、そして それに耐へて。だが、その魂は決して愛する者を裏切ることには耐へない。別離が一層に大きな愛だといふこと、そして僕の漂泊の意味。おまへにも また、これに耐へよと 僕はいふ。僕たちの愛が、いま ひとつの 大きな別離であるゆゑに。」(昭和13年9月1日付水戸部アサイ宛書簡)

この書簡に書かれている経緯が投影された詩が『夢のあと』に続く『また落葉林で』であり、この詩の第2連でうたわれている「そしていま おまへは 告げてよこす /私らは別離に耐へることが出来る と」という詩行は、まさにこのことを表しています。立原とアサイの愛の行方の分水嶺とも言えるのが『また落葉林で』なのです。

しかしながら柴田は『また落葉林で』には付曲せず、『夢のあと』から『樹木の影に』まで、実に4篇の詩を飛ばしています。詩集『優しき歌』成立の背景として重要な詩を抜かしたことに、当初は疑問を抱かざるを得ませんでした。





先の post で『さびしき野辺』での解釈の齟齬について書きましたが、時々ふとした折に自分の内で『落葉林で』の中の「ごらん かへりおくれた /鳥が一羽 低く飛んでゐる」という言葉の背景で、ピアノが奏でる鳥の囀りと羽の音が清(さや)かに蘇り、身体じゅうが痺れるほどの共感を覚えるにつけ、この曲が終戦直後に書かれたことを考えても、死と隣り合わせで生きて来た柴田は、死への恐怖や拙劣な生への執着を超えた美しい音楽を求めたのかも知れない、と考えるに至りました。むしろ、凄惨な戦争を生き延びた柴田が、なおもロマンティシズムを失わず、このように瑞々しくもドラマティックな曲を書いたということのほうに、積極的な意味を見出したほうが良いのではないだろうか…と。だからこそ、まばゆい光に満ち溢れた『樹木の影に』で、このツィクルスを閉じたのではないでしょうか。





前出の『また落葉林で』の最後の2行で、「しかしすでに 離れはじめた ふたつの眼ざし…… /かへつて来て みたす日は いつかへり来る?」とうたわれている、「みたす日」が帰り来たのであろう『樹木の影に』をもって、この歌曲集は終えられたのではないか。この考えを自分の中のひとつの決着点にすることで、少し柴田の音楽に歩み寄れる気がしてきたのでした。
(2017/11/01)

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立原道造『優しき歌』



(立原も堀口大學の翻訳でヴェルレーヌを読んだらしい)


『優しき歌』は、婚約者水戸部アサイのために編まれた詩集で、ヴェルレーヌの『優しい歌(堀口大學の訳による)』に倣ったと立原本人も述べており、ヴェルレーヌのこの詩集にはフォーレが曲を付けた歌曲集もあります。立原自身、まるで楽譜のような装幀のスケッチを遺しているほどなのですが、私個人の感覚だと、立原の詩には、ヴェルレーヌよりもリルケのほうが、そしてフォーレよりもドビュッシーのほうに親和性を感じます。



(信濃追分の秋)


『優しき歌』の「序の歌」では、冒頭で「おまへは どこから 来て /どこへ 私を過ぎて /消えて 行く?」と詠われ、第3連終わりでは「おまへ 優しい歌よ /私のうちの どこに 住む?」と問いかけ、最終の第4連では「それをどうして おまへのうちに /私はかへさう」と応え、さらに「夜ふかく /明るい闇の みちる時に?」と謎に満ちた自問自答で終わります。

第1連の「どこへ」、そして第4連最終行の「明るい闇」とは何かということを探るヒントが、立原の書簡に見られます。

「高い空には、砂のような巻雲が、さらさらとながれてゐる。地の上にも、光とかげとが美しい。花はしづかに溢れてゐる。けふは夏の日のをはり。もう秋の日のはじめ。大きな大きな身ぶりを描いて、不思議なひびきが空を過ぎる。しかし、僕らが明日を知らないこと!
ただ出発だ。どこへ? だれのために?」

これは水戸部アサイに宛てられた昭和13年9月4日付の書簡です。手紙ですら、このまま詩になるような立原の文章に溜め息が出ますが、この自問自答は、以下のように手紙を宛てたアサイの内へと帰結します。

「僕には信じられないくらゐの 不思議な美しい夏。それは、もうふたたびはくりかへしも出来なければ語ることも出来ないだらう。ただ出発! どこへ? おまへへ! 一層ふかく『僕ら』へ!」

しかしそれでも、そう記した立原は、この恋人を置いて尚も北に向かうのです。





「どこへ?」ーー wohin? ーー これは立原文学を理解するための一つのキーワードなのですが、これも明らかにゲーテの「dahin! 彼方へ!」の影響を受けているでしょう。「君よ知るや檸檬の花咲く国」…『ヴィルヘルム・マイスター』中のミニョンの歌として、あまりに有名な詩の一節です。立原がまず向かったのは北の盛岡でしたが、そのあと南の長崎に行っていることも興味深いです。南への憧れからイタリアを目指したゲーテは、『イタリア紀行』で「原植物 die Urpflanze」というある種の概念を発見したと記しますが、立原が見たものは何だったのでしょうか。
(2017/10/30)

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一夜限りの「詩人の恋」、記事にして頂きました

「一夜限りの『詩人の恋』」について、信濃毎日新聞の松本平タウン情報さんが記事にしてくださいました。実際よりも上等な人物のように書いていただき、野口は少し汗をかいています(滝汗)。





著作権の関係で全文を写真に撮ることはできませんが、お近くの方はお手に取って頂けると嬉しいです(記事の一部を写してアップすることについては許諾済みです)。

この記事を書いてくださった信毎の阿部さんとは、実は長野市内のお隣の地区の住人同士で(子どもが同じ中学)、しかも出身は東京の稲城市と府中市という、多摩川を挟んでお向かいの地域。そして、ピアニストの横山さんが国立音大のご出身というところに反応なさっていたので何かと思えば、都立国立高校をご卒業だとか(←優秀!)。松本で何故か千曲川でも犀川でも女鳥羽川でもなく、多摩川ローカルで盛り上がったという(^◇^;)。「世間は狭い」と言うよりも、ご縁というのは、そういうものかも知れないですね。

一夜限りの「詩人の恋」、来月11月18日(土)、あがたの森文化会館講堂にて17:00開演です。どうぞよろしくお願いいたします。





【公演タイトル】
言葉が、歌に憧れた。
一夜限りの「詩人の恋」

【日時】2017年11月18日(土)17:00開演(16:30開場)
【会場】松本市あがたの森文化会館講堂(長野県松本市県3-1-1)
【出演者】野口方子(朗読)、望月哲也(テノール)、横山紘子(ピアノ)
【入場料】一般:4,000円、学生:2,000円(全席自由)
【プログラム】
 立原道造『優しき歌』(朗読)
 立原道造/柴田南雄《優しき歌》(歌唱)
 立原道造『夢みたものは』(朗読)
 立原道造/木下牧子《夢みたものは》(歌唱)
 ハインリッヒ・ハイネ/ローベルト・シューマン《詩人の恋》(朗読+歌唱)
【プレイガイド】(7月29日 10:00よりチケット発売)
 全国:チケットぴあ(Pコード:336077)
 松本市:(株)ミュージックプラザ・オグチ松本駅前店 0263-33-5568
井上チケットぴあ 0263-34-3655
 長野市:ながの東急百貨店プレイガイド 026-226-8181(代表)
     ヒオキ楽器本店 026-291-6438
【主催】一夜限りの「詩人の恋」in 松本実行委員会
【後援】長野県、長野県教育委員会、松本市教育委員会、信濃毎日新聞社、(公財)信毎文化事業財団、松本平タウン情報、市民タイムス
【お問い合わせ】文化工房シュティンメstimme_kultur@yahoo.co.jp

※未就学児の入場はご遠慮ください。
※駐車場がありませんので、公共交通機関をご利用ください。
※会場建物が重要文化財のため、建物含め敷地内は火気厳禁(禁煙)ならびに建物内の飲食は禁止です。

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《優しき歌》と《詩人の恋》





来たる11月18日(土)に、信州松本のあがたの森文化会館講堂(旧松本高等学校講堂)で、テノールの望月哲也さんとリサイタルを開きます。

メインはハイネ/シューマンの《詩人の恋》ですが、いま壁にぶつかっているのが、前プロの立原道造/柴田南雄の《優しき歌》。原詩の朗読も、歌曲の歌唱も当然のことながら全く同じ日本語のテクストです。

朗読は、演者がテクストを直接解釈しその解釈のままに読むことができます。が、歌曲となると、歌い手以前にまず作曲者による詩の解釈があるわけです。歌い手自身の解釈も表現に必須なのは勿論ですが、作曲者による解釈としての作品がある以上、そこに「枠」が存在することは否めません。

朗読者と作曲者の解釈が異なる場合はどうするのか。そこが問題なわけです。今回の『優しき歌』には、単に「個人による見解の相違」だけでは済まされない断絶が存在するものがあります。「さびしき野辺」という詩がそれで、「野辺」という言葉(野原、火葬場、埋葬地、墓地。野辺送り)、「私」に花の名をささやいて行った「誰か」、「さびしき野辺」に「もつれ飛ぶ蝶」…これらから想起されるのは、明らかに「死」や「死者の魂」です。しかし、柴田の曲からは、どう贔屓目に見ても「死の影」を聴き取ることは難しいのです。むしろ、恋人と一緒に草原で蝶を追っているような長閑な曲想。立原が結核を患っていたという背景を柴田が意識し、敢えて憩いの場面を描いたのかも知れないと好意的に解したとしても、曲から受ける印象のこの相違ばかりは、もはや個人の好みという域ではなく、文学者としての譲れない一線を画すべきものです。しかし、音楽の力というのは非常に強いものであるとも、今さらながら感じています。たとえ私が死の世界に立って読んだとしても、長閑な曲想で歌われたら(しかも、望月哲也の表現力をもって歌われたら!)、聴き手に残るのは「長閑さ」のほうだろうと思います。



(信濃追分にある立原のレリーフ)


今回ご一緒いただく望月さんは、言葉に対する追究の深さの凄い方で、私が最も信頼する声楽家のお一人です。誰にでも言えることではありませんが、望月さんには「私は音楽に憧れて焦がれているけれども、文学作品として読むときは、音楽に規定されたくはないのだ!」という姿勢はお伝えしてあります。さて、どうなりますか。

公演は11月18日(土)17:00より、一般4000円、学生2000円。チケットぴあで発売中です(Pコード:336-077)。会場はJR松本駅から徒歩15分ほどです。どうぞお越しください。
(2017/10/15)

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ウィーンに師匠が!できた…のか??





長野フィルの公演、終わってしまいました。。。弾きながら終わりが近づくのがこんなに寂しかった本番は初めてかもしれません。

先日のパート練習の時に、講師として来日なさったウィーン交響楽団ソロ・ヴィオラ奏者の Roman Bernhart 氏に「ドイツ語が上手だけど、ドイツかオーストリアで勉強したの?」ときかれ、その時は「いやいや、ほんの少しドイツ語ができるだけです」とお茶を濁していたのですが、今日は何と!「あなたはヴィオラをとても良く弾いている。東京で勉強したの? それとも長野で?」ときかれ、想定外の言葉にぶっ飛んで「私は音楽学校で勉強はしていません。でも東京でプライベートレッスンを受けています」としどろもどろに答えました(滝汗





なので、実は自分は Germanistin で、ホフマンスタールとR. シュトラウスのオペラを研究している、ウィーンで研究したいけれど家族の事情で長期滞在は難しいのです、と洗いざらい(?)告白してしまいました(^_^;)。で、ここからが無謀なノグチ、「もし…いつか、例えば一週間とか10日間ウィーンに行くことができたら…」と話し始めたら、すかさず「その時は電話して!」と。


(°▽°)


それって、それって。。。。わ、わたしにもついにウィーンに師匠と呼べる人が…????



(ウィーンの先生がたからMozartkugelと、ヴィオラの Herr Bernhart からはカルテットのCDを頂きました!)


「もう10年かそれ以上、ネイティブと話していないので、ドイツ語で会話する能力に自信がないのです」と言ったら、「とんでもない、全く素晴らしい。文法完璧(←苦笑。。)。日本でドイツ語を聞いてとても安心してリラックスできたよ!」と。。。

(꒦ິ⌑꒦ີ)




(サインもして頂きました)


「長野もとても気に入った。空気も雰囲気も良くて、元気になったよ」と仰るので「私もそう思います」と言いました。ほんと、長野サイコー! もう不肖ノグチ、全くもって himmlisch な気分でございます。もちろん、Eメールのアドレスも渡して来ました。普通、海外で然るべき立場の人にコンタクトを取るには、まず手紙を書いて推薦状と一緒に送るところから始まるのですが、こんなに unmittelbar に事が運びそうになるのは稀有なことかも知れません。ご縁に感謝です。
(2017/09/18)

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オペラ《三銃士》〜百合の烙印





いろいろな方に感心される(呆れられる?)自由な回遊魚生活も、実はこの2年ほどで漸くできるようになったこと。そのため前作は残念ながら観ていないのですが、今日は「オペラ《三銃士》〜百合の烙印」を楽しみました(2017年9月2日 於:武蔵野市民文化会館小ホール)。



(全歌詞と作品メモを記した資料も配られました)


ご本人にもお伝えしましたが太田麻衣子さんの演出はどこか舞踊的に感じます。「どこかいつも踊ってるような、ね」とはご本人の弁で、もちろんそれもありますけれど、それだけではなくて、とても音楽を感じるのです。

オペラにおいて、音楽が表すものを過剰に可視化することには疑問を呈さざるを得ないものの、上手くやればとても面白いスパイスになります。今日も随所にそういう振りが見られました。「どこで・どの程度」というバランス感覚は、経験はもちろんですがやはりセンスなのでしょう。歌手の方たちも楽しかったのではないでしょうか。全編日本語だったので、息子も楽しんでいました(←歌のない、音楽に乗せた演技の部分でも^^)。惜しむらくは、と言いますか、やはり日本語を西洋音楽の語法で歌う難しさは感じました。






(人物相関図にスタンプを押して、ストーリー理解の助けに!)


山田香さんの音楽は、第1幕ではドビュッシーを感じさせるようなところもあり、ピアノの音が美しかったです。第2幕でのオルガンは圧巻で、あまりに圧倒的だったので、「この後ピアノの出番は果たしてあるのか?」と思ったほどでしたが、時おりオルガンの織りなす響きに乗せられたピアノの音色が不思議な効果を上げており、オルガンからピアノへの移行もスムーズで目を見張ったのでした。







麻衣子ちゃん、お疲れさまでした。また声掛けてくださいね。
(2017/09/02)

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東京二期会《ばらの騎士》




東京二期会の《ばらの騎士》を観ました(7月27、29日 於:東京文化会館)。

プログラムに載っていた演出家リチャード・ジョーンズのインタビューは読まずに2日とも観たのですが、このオペラで描かれている人物配置を全て戯画化しようとしているのだろうという意図は伝わってきました。そして、その手段としてエロティシズムを用いていることも。

第1幕は全裸のマルシャリンが湯浴みするシーン…というのは上品な書き方で、実際には公園かどこかの安っぽい噴水かと見紛うようなシャワーシーンで始まります。髪型もローブ姿も見分けがつき難く似た雰囲気にしつらえられたオクタヴィアンとの絡みは、まるで姉妹かレズビアンのようにも感じられる仕草で、その後フロイト(プログラムにもはっきりクレジットされています)が登場し、そして明らかに「フロイトの椅子」に仰向けにマルシャリンが横たわるのを見るにつけ、これはジェンダーの枠組みを壊す意図があるのだろうと察せられました。フロイトはホフマンスタールらと同時代人なので、この演出の時代設定をホフマンスタールやシュトラウスが生きていた「現代」に定めているとしたら、十分に整合性があると言えます。

第2幕のファーニナル邸の金ピカ噴水は、もちろん成り上がり貴族の象徴としても使われていたのでしょうが、オックスの息子レオポルトがやおら靴を脱ぎ靴下を脱ぎ、それを「FANINAL」のロゴに麗々しく(?)引っ掛けて裸足で水の中に入る、するとオックスの家来がファーニナル家の召使い達に手を出す騒ぎになる。これが意味するものも、はっきりしています。

第1幕のシャワーと第2幕での噴水。言うまでもなく「水」はフロイト的解釈では性的なコノテーションを持つものです。第1幕では、マルシャリンが身体を洗うのに使ったスポンジをモハメッドがこっそり絞り、それを飲み干す所作まで見られました。これだけ露骨かつ明確に演出家からのメッセージが発せられているのに、この「性的」な視点が、見た限りの感想で取り上げられていないのは不思議としか言いようがありません。実際、プログラムのインタビューでも「ジェンダー・ポリティクス」という語に言及されているのが見られますし、マルシャリンたる者が、まるでツェルビネッタが着るのに相応しいような、つまり踊り子が着るような短いスカート丈のドレスを着せられていたことからも、この演出家の「戯画化」というのは、「所詮人間などというもの、殊に女なんていうものは高潔とは無縁で、あばずれと紙一重」という貶め方なのだなと、私は感じました。

この辺りこそ、フェミニズムの観点から問題提起されて然るべき点であり、ジョーンズの意図に適うことなのではないでしょうか。モハメッドがマルシャリンの次の相手なのかどうかは、このことの延長線上であって、この演出家の発する大元の性的なテーマ抜きに云々しても、あまり意味はないような気がします。

舞台上の人物たちの動かし方と所作の付け方については、楽しめた部分もありました。確かにこういう音楽だよね、ということが視覚化されてもいました。ですが、「音楽も台本もよく解っている演出」というのは、音楽の動機付けにいちいち呼応して演技を付けることと同義ではありません。「ここぞ」という音楽のところで「ここぞ」という振りを付けることで、初めて聴き手をハッとさせる「解釈」たりえるものです。「この語に、この音」という感動を聴く者にもたらすことのできる歌唱芸術とは、単に「こういう言葉のときに、こういう旋律で歌われている」という知識だけの問題ではないのです。この意味で、音楽で饒舌に語られていることを所作でもなぞらせる手法は、いわば屋上屋を架す行為に等しく、「やり過ぎ」だったなというのが率直な感想です。

歌手を、歌を、音楽を信頼せずにオペラの演出は成立しません。今回の演出家はこのどれも信用できず、細かい演技の指示のみで全てをコントロールしようとしていたらしい様子が垣間見られたのは残念なことです。その結果、それに合わせることを余儀なくされた音楽も(特に第3幕で)縦線がありありと見えるものになり、流れずに仕舞った感は否めません。音楽を従にしなければ成り立たないのであれば、劇伴音楽を使って戯曲のジャンルでやればいいだけの話です。歌手から自由裁量と生き生きとした表現を奪いかねないような演技指導は、「何故オペラで敢えてそうしなければならないのか」という根拠がはっきりしていないと、先の展望にも繋がらないのではないでしょうか。

それでも、全体の印象として「ちょっと面白かったな」と感じられたのは、歌手達の健闘に他ならないでしょうし、いつも涙する三重唱ではなく、それを経た後での二重唱のほうで両日とも鼻の奥がツンツンして仕方なかったのは、この作品の主役はマルシャリンでも勿論オックスでもなく、ばらの騎士であるという演出家の意図に、結局やられてしまったからなのだろうということは告白しておきます。
(2017/07/31)

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望月哲也 独演コンサート



(終演後にロビーにて。望月さんと横山さん)


日本声楽家協会主催の望月哲也独演コンサートを聴きました(2017年7月6日・於:日暮里サニーホールコンサートサロン)。ピアノは横山紘子さん。

前半は山田耕筰と柴田南雄の日本歌曲。私の立場としては三木露風と北原白秋、そして立原道造の詩による歌曲と言ったほうがしっくり来るのが正直なところで、実際のところ前半のお目当ては立原道造/柴田南雄の《優しき歌》でした。立原に関しては思うところが沢山あるので心して聴いたのは勿論ですが、1曲目と2曲目の三木露風/山田耕筰の《樹立》《野薔薇》に射抜かれました。《樹立》のドラマティックな歌い出し。《野薔薇》を望月さんが歌うと、その詩が「荒れ野に呼ばわる者の声がする」という聖書(イザヤ書)の記述を思い起こさせ、やはりこのひとはエヴァンゲリストなのかと、改めて思いを深くしました。

後半のシュトラウス、1曲目の《献呈》を歌い出したときは、ああ、これまで馴染んできていた望月さんの歌だと、ホッとするような思いすらしたもののそれも束の間のことで、どんどん歌が、場の空気が拡がっていって、ドイツ歌曲も明らかにこれまでとは違う響きが会場に満ちました。6年前に望月さんが録音されたシュトラウスのCDは発売早々に入手して、以来もう擦り切れるほど聴いているのですが、もはやその時とは全く異なる位相に立っておられるのだと、ひしひしと感じました。

MC時の望月さんによれば、「シュトラウスの歌曲は音域が広く2オクターブくらい使うのだが、自分は低い声がなくなってきている」とのことでしたが、聴いている感触ではむしろ中低域の表現にハッと胸を衝かれる場面が多く、ということはやはり表現が深くなっているのでは、と感じます。聴きながら、このひとは今まさに変容を遂げているさなかなのではないか、という思いにずっと浸っていましたが、それもあながち的外れではなかったということでしょうか。

終演後のやり取りのなかで、もしかしたら望月さんご自身はご自分の表現にまだまだ納得していらっしゃらないのかなという印象を受けたのですが、ピアノの横山さんは「同じ空間を感じられて幸せでした」と仰っていて、やはりそうでないとあれだけの音空間は現出しないだろう、私の感じ方も勘違いではなかったのだろうと思います。

シューベルトとシュトラウスは違うとのお話もあり、それは全くその通りなのですが、あの2月に白寿ホールで聴いた、絶望と透徹した眼差しで寒気がするほどの歌唱だった《冬の旅》といい、今回のリサイタルといい、天与の美声のみならず音楽と言葉の内奥にどんどん分け入って、作品の核の内側から表現しようとなさっていると感じます。文学の領域にも根を張ってきているのだなと、文学の「こちら側」で驚嘆とともに見つめる思いです。見つめるというよりも、気づいたら心に深く根ざしてしまっていた、と言ったほうが当たっているでしょうか。

つれづれに書き連ねてしまいましたが、要は望月さんと横山さんが織りなす音楽に中ってしまったのだということなのでしょう。幸せなリーダーアーベントでした。
(2017/07/07)

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