朗読

一夜限りの「詩人の恋」終了



(終演後、舞台の上で記念撮影)


「一夜限りの『詩人の恋』」、お陰さまで大過なく終了致しました。改めまして、ご来場くださった方々、終演後に色々な手段で温かい言葉をかけてくださった方々、気にかけてくださった方々、そして何より、私の酔狂な企画に参加してくださった望月哲也さんと横山紘子さんに、心より御礼申し上げます。望月さんのコンディションも上々、横山さんのピアノも美しく、お聴き頂いた皆さまはさぞ感動なさったことだろうと確信しております。

私はと言えば、さすがに疲れてはいますが、本番前に自分で想像していた(本番中を含めた)心境とかなり違っていて、自分でも少々意外な気分で過ごしています(^^;

本番では、きっととても気分が高揚して泣きそうになるのではないかと予想していたのですが、実際には(もちろん緊張はしていましたが)さほど上がることもなく、感情の起伏もそれほどなく^^;、自分比淡々と読み、自分比冷静(?)に音楽を聴いて、粛々と終えた、という感じです。それでも、終演後に声を掛けてくださったびよら姉弟子さまや大学オケの先輩には抱きついてしまったので、やはり何らかの感情の動きはあったのであろうと思量しています。

打ち上げでは「丸周」さんに大層良くしていただきました。改めて感謝致します。私の女好きが露呈してしまうという想定外の展開になったりしましたが(爆)、美味しく楽しいひと時を過ごせました。疲れ過ぎて無表情だったと思いますが、どうかご寛恕のほどお願い申し上げます(_ _ ;



(最後の合同練習)


今回、改めて思ったのは、自分の専門分野に確固とした軸足を置くことの大切さです。異分野との交流は刺激的であり、得るものも多いですが、自分の専門を見失うことのないよう、流されることのないよう、客観的な視点を保たなければ、と痛感しました。

これを糧に、一研究者として、思索と考察をまた一歩深められれば幸甚です。

本当にどうもありがとうございました。

2017年11月19日 野口方子



(デザイナーの真子さんより頂きました。)

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詩人の恋



(地元のお店にポスターを貼って頂いております)


いよいよ来週に迫ってきました、「一夜限りの詩人の恋」。立原道造とハインリヒ・ハイネの2人の「詩人の恋」を、テノールの望月哲也さんの歌に乗せてお届けします。文字通り、松本でだけの公演になります。

夏の初合わせから、いつの間にやらもう秋!(という一節が立原の詩にございます…)

「いつの間に もう秋! 昨日は
夏だった……おだやかな陽気な
陽ざしが 林のなかに ざはめいてゐる
ひとところ 草の葉のゆれるあたりに」
(柴田が曲をつけなかった『また落葉林で』の第1連)



(夏の日の初合わせ風景)



(こちらはとある秋の日の都内某所での練習風景。圧倒される朗読者による激写…笑)


歌手・ピアニスト・朗読者3人の一致した意見は、「立原って難しい」「アタマで理解しようとするとダメっぽい」ということでした。頭でっかちな野口は少々難儀しておりますが、さすがは望月哲也、其処此処で朗読に寄せて歌ってくるという離れ業をなさっていて、内心たまげている朗読者です。ご期待くださいヽ(;▽;)



(チケットは、チケットぴあでも発売中です)

(2017/11/12)

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柴田南雄の《優しき歌》






前回書いたように、婚約者水戸部アサイを置いて立原は漂泊の旅に出ます。漂泊と言えばすぐに思い浮かぶのが、漂泊の魂 ーー ヘルマン・ヘッセの『クヌルプ』ですが、実際、これについてもアサイ宛の書簡に言及が見られます。

「おまへはクヌルプをよんだだらうか。あの漂泊の魂を。僕はおまへがヘルマン・ヘッセのところへ行くことをねがふ。
(…)
僕には ひとつの魂が課せられてゐる。どこか無限の、とほくに行かねばならない魂が、愛する者にすら別離を告げて、そして それに耐へて。だが、その魂は決して愛する者を裏切ることには耐へない。別離が一層に大きな愛だといふこと、そして僕の漂泊の意味。おまへにも また、これに耐へよと 僕はいふ。僕たちの愛が、いま ひとつの 大きな別離であるゆゑに。」(昭和13年9月1日付水戸部アサイ宛書簡)

この書簡に書かれている経緯が投影された詩が『夢のあと』に続く『また落葉林で』であり、この詩の第2連でうたわれている「そしていま おまへは 告げてよこす /私らは別離に耐へることが出来る と」という詩行は、まさにこのことを表しています。立原とアサイの愛の行方の分水嶺とも言えるのが『また落葉林で』なのです。

しかしながら柴田は『また落葉林で』には付曲せず、『夢のあと』から『樹木の影に』まで、実に4篇の詩を飛ばしています。詩集『優しき歌』成立の背景として重要な詩を抜かしたことに、当初は疑問を抱かざるを得ませんでした。





先の post で『さびしき野辺』での解釈の齟齬について書きましたが、時々ふとした折に自分の内で『落葉林で』の中の「ごらん かへりおくれた /鳥が一羽 低く飛んでゐる」という言葉の背景で、ピアノが奏でる鳥の囀りと羽の音が清(さや)かに蘇り、身体じゅうが痺れるほどの共感を覚えるにつけ、この曲が終戦直後に書かれたことを考えても、死と隣り合わせで生きて来た柴田は、死への恐怖や拙劣な生への執着を超えた美しい音楽を求めたのかも知れない、と考えるに至りました。むしろ、凄惨な戦争を生き延びた柴田が、なおもロマンティシズムを失わず、このように瑞々しくもドラマティックな曲を書いたということのほうに、積極的な意味を見出したほうが良いのではないだろうか…と。だからこそ、まばゆい光に満ち溢れた『樹木の影に』で、このツィクルスを閉じたのではないでしょうか。





前出の『また落葉林で』の最後の2行で、「しかしすでに 離れはじめた ふたつの眼ざし…… /かへつて来て みたす日は いつかへり来る?」とうたわれている、「みたす日」が帰り来たのであろう『樹木の影に』をもって、この歌曲集は終えられたのではないか。この考えを自分の中のひとつの決着点にすることで、少し柴田の音楽に歩み寄れる気がしてきたのでした。
(2017/11/01)

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立原道造『優しき歌』



(立原も堀口大學の翻訳でヴェルレーヌを読んだらしい)


『優しき歌』は、婚約者水戸部アサイのために編まれた詩集で、ヴェルレーヌの『優しい歌(堀口大學の訳による)』に倣ったと立原本人も述べており、ヴェルレーヌのこの詩集にはフォーレが曲を付けた歌曲集もあります。立原自身、まるで楽譜のような装幀のスケッチを遺しているほどなのですが、私個人の感覚だと、立原の詩には、ヴェルレーヌよりもリルケのほうが、そしてフォーレよりもドビュッシーのほうに親和性を感じます。



(信濃追分の秋)


『優しき歌』の「序の歌」では、冒頭で「おまへは どこから 来て /どこへ 私を過ぎて /消えて 行く?」と詠われ、第3連終わりでは「おまへ 優しい歌よ /私のうちの どこに 住む?」と問いかけ、最終の第4連では「それをどうして おまへのうちに /私はかへさう」と応え、さらに「夜ふかく /明るい闇の みちる時に?」と謎に満ちた自問自答で終わります。

第1連の「どこへ」、そして第4連最終行の「明るい闇」とは何かということを探るヒントが、立原の書簡に見られます。

「高い空には、砂のような巻雲が、さらさらとながれてゐる。地の上にも、光とかげとが美しい。花はしづかに溢れてゐる。けふは夏の日のをはり。もう秋の日のはじめ。大きな大きな身ぶりを描いて、不思議なひびきが空を過ぎる。しかし、僕らが明日を知らないこと!
ただ出発だ。どこへ? だれのために?」

これは水戸部アサイに宛てられた昭和13年9月4日付の書簡です。手紙ですら、このまま詩になるような立原の文章に溜め息が出ますが、この自問自答は、以下のように手紙を宛てたアサイの内へと帰結します。

「僕には信じられないくらゐの 不思議な美しい夏。それは、もうふたたびはくりかへしも出来なければ語ることも出来ないだらう。ただ出発! どこへ? おまへへ! 一層ふかく『僕ら』へ!」

しかしそれでも、そう記した立原は、この恋人を置いて尚も北に向かうのです。





「どこへ?」ーー wohin? ーー これは立原文学を理解するための一つのキーワードなのですが、これも明らかにゲーテの「dahin! 彼方へ!」の影響を受けているでしょう。「君よ知るや檸檬の花咲く国」…『ヴィルヘルム・マイスター』中のミニョンの歌として、あまりに有名な詩の一節です。立原がまず向かったのは北の盛岡でしたが、そのあと南の長崎に行っていることも興味深いです。南への憧れからイタリアを目指したゲーテは、『イタリア紀行』で「原植物 die Urpflanze」というある種の概念を発見したと記しますが、立原が見たものは何だったのでしょうか。
(2017/10/30)

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一夜限りの「詩人の恋」、記事にして頂きました

「一夜限りの『詩人の恋』」について、信濃毎日新聞の松本平タウン情報さんが記事にしてくださいました。実際よりも上等な人物のように書いていただき、野口は少し汗をかいています(滝汗)。





著作権の関係で全文を写真に撮ることはできませんが、お近くの方はお手に取って頂けると嬉しいです(記事の一部を写してアップすることについては許諾済みです)。

この記事を書いてくださった信毎の阿部さんとは、実は長野市内のお隣の地区の住人同士で(子どもが同じ中学)、しかも出身は東京の稲城市と府中市という、多摩川を挟んでお向かいの地域。そして、ピアニストの横山さんが国立音大のご出身というところに反応なさっていたので何かと思えば、都立国立高校をご卒業だとか(←優秀!)。松本で何故か千曲川でも犀川でも女鳥羽川でもなく、多摩川ローカルで盛り上がったという(^◇^;)。「世間は狭い」と言うよりも、ご縁というのは、そういうものかも知れないですね。

一夜限りの「詩人の恋」、来月11月18日(土)、あがたの森文化会館講堂にて17:00開演です。どうぞよろしくお願いいたします。





【公演タイトル】
言葉が、歌に憧れた。
一夜限りの「詩人の恋」

【日時】2017年11月18日(土)17:00開演(16:30開場)
【会場】松本市あがたの森文化会館講堂(長野県松本市県3-1-1)
【出演者】野口方子(朗読)、望月哲也(テノール)、横山紘子(ピアノ)
【入場料】一般:4,000円、学生:2,000円(全席自由)
【プログラム】
 立原道造『優しき歌』(朗読)
 立原道造/柴田南雄《優しき歌》(歌唱)
 立原道造『夢みたものは』(朗読)
 立原道造/木下牧子《夢みたものは》(歌唱)
 ハインリッヒ・ハイネ/ローベルト・シューマン《詩人の恋》(朗読+歌唱)
【プレイガイド】(7月29日 10:00よりチケット発売)
 全国:チケットぴあ(Pコード:336077)
 松本市:(株)ミュージックプラザ・オグチ松本駅前店 0263-33-5568
井上チケットぴあ 0263-34-3655
 長野市:ながの東急百貨店プレイガイド 026-226-8181(代表)
     ヒオキ楽器本店 026-291-6438
【主催】一夜限りの「詩人の恋」in 松本実行委員会
【後援】長野県、長野県教育委員会、松本市教育委員会、信濃毎日新聞社、(公財)信毎文化事業財団、松本平タウン情報、市民タイムス
【お問い合わせ】文化工房シュティンメstimme_kultur@yahoo.co.jp

※未就学児の入場はご遠慮ください。
※駐車場がありませんので、公共交通機関をご利用ください。
※会場建物が重要文化財のため、建物含め敷地内は火気厳禁(禁煙)ならびに建物内の飲食は禁止です。

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《優しき歌》と《詩人の恋》





来たる11月18日(土)に、信州松本のあがたの森文化会館講堂(旧松本高等学校講堂)で、テノールの望月哲也さんとリサイタルを開きます。

メインはハイネ/シューマンの《詩人の恋》ですが、いま壁にぶつかっているのが、前プロの立原道造/柴田南雄の《優しき歌》。原詩の朗読も、歌曲の歌唱も当然のことながら全く同じ日本語のテクストです。

朗読は、演者がテクストを直接解釈しその解釈のままに読むことができます。が、歌曲となると、歌い手以前にまず作曲者による詩の解釈があるわけです。歌い手自身の解釈も表現に必須なのは勿論ですが、作曲者による解釈としての作品がある以上、そこに「枠」が存在することは否めません。

朗読者と作曲者の解釈が異なる場合はどうするのか。そこが問題なわけです。今回の『優しき歌』には、単に「個人による見解の相違」だけでは済まされない断絶が存在するものがあります。「さびしき野辺」という詩がそれで、「野辺」という言葉(野原、火葬場、埋葬地、墓地。野辺送り)、「私」に花の名をささやいて行った「誰か」、「さびしき野辺」に「もつれ飛ぶ蝶」…これらから想起されるのは、明らかに「死」や「死者の魂」です。しかし、柴田の曲からは、どう贔屓目に見ても「死の影」を聴き取ることは難しいのです。むしろ、恋人と一緒に草原で蝶を追っているような長閑な曲想。立原が結核を患っていたという背景を柴田が意識し、敢えて憩いの場面を描いたのかも知れないと好意的に解したとしても、曲から受ける印象のこの相違ばかりは、もはや個人の好みという域ではなく、文学者としての譲れない一線を画すべきものです。しかし、音楽の力というのは非常に強いものであるとも、今さらながら感じています。たとえ私が死の世界に立って読んだとしても、長閑な曲想で歌われたら(しかも、望月哲也の表現力をもって歌われたら!)、聴き手に残るのは「長閑さ」のほうだろうと思います。



(信濃追分にある立原のレリーフ)


今回ご一緒いただく望月さんは、言葉に対する追究の深さの凄い方で、私が最も信頼する声楽家のお一人です。誰にでも言えることではありませんが、望月さんには「私は音楽に憧れて焦がれているけれども、文学作品として読むときは、音楽に規定されたくはないのだ!」という姿勢はお伝えしてあります。さて、どうなりますか。

公演は11月18日(土)17:00より、一般4000円、学生2000円。チケットぴあで発売中です(Pコード:336-077)。会場はJR松本駅から徒歩15分ほどです。どうぞお越しください。
(2017/10/15)

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Stimme vol. 5 『風立ちぬ』終了



(竹風堂善光寺大門店3Fにある、大門ホールの控え室窓から望む)


昨日、見事な秋晴れに恵まれた日に、朗読コンサート Stimme vol. 5 を開催いたしました。





演目は、堀辰雄の名作中の名作、『風立ちぬ』。以前、堀の『大和路・信濃路』から「樹下」を読んだことはあったのですが、やはりこれだけの大作に挑むのにはかなりの勇気が必要でした。

今回、共演して頂いたヴァイオリニストの外山陽子さんとチェリストの宮澤等さんのお二方にサジェッションを頂き、耳に馴染みやすい曲をテーマ音楽のように扱ってみることにしました。そこで選んだのが、「庭の千草」の邦題で知られるアイルランド民謡の《夏の名残の薔薇》。これを、ヴァイオリン旋律・チェロ旋律・ヴァイオリン独奏・チェロ独奏とさまざまなヴァリエーションで、しかも場面によって奏法も変化させて頂き、とても効果を上げることができました。



(左から、チェリスト宮澤等さん、ヴァイオリニスト外山陽子さん、朗読者野口)


堀の文体というのは一種独特で、リズムがありながら、どこか良い意味でのトラップがあったりします。音楽で言えば装飾音があるような(?)。うっかり見切り発車で勝手に読むと、この罠にはまってしまうため、とことん、堀の文章に集中して対峙しないと、読ませてくれないのです。そこが堀文学の、情緒的でありながらも芯の強いところなのだろうかと、今回改めて感じました。

自然の描写も、自我のフィルターを通したヨーロッパ的なもので、日本的な花鳥風月の描き方とも異なり、自然の中に在る自分・自然を見つめ食い込んで行くような視線で捉えられています。

家人に指摘されて「そ、そうかな!?」と自分でたじろいでしまうのは、「読み方が恐ろしい」と。これは私の文学者としての、それも日本文学ではなくてドイツ文学者としての性のようなものかも知れないのですが、私が作品から引き出して伝えたいと思うのは、描写の(いわば表面上の)美しさだけではなく、その「美しさ」の根幹にあるものであって、それにアプローチしたいともがいているわけです。

それを「怖い」と評されてしまうのは、まだまだ深め方も実力も足りないということですが、この過程を経た上での「美しさ」を表現できて初めて、それは「美しい」ということになるのだという信念を持っています。

私は珠を転がすような美声の持ち主でもなければ、スラスラと流麗に読める器用なタイプでもなく、常にもがき憧れてジタバタしているような冴えない人間なのですが、そこに音楽があると、やはり救われるような気がするのです。(2016/10/17)


【今後の予定】
☆12月11日・ヴィオラ奏者中山良夫氏と宮澤賢治『よだかの星』(山形)

☆12月26日・ピアノ奏者大田麻佐子氏とパウル・ツェラン『声たち』(翻訳/野口)他(長野)

☆12月27日・ピアノ奏者大田麻佐子氏とミュラー『冬の旅』(翻訳/野口)他(黒姫)

☆2017年2月5日・中山良夫(ヴィオラ)高橋牧子(ピアノ)の両氏と、立原道造『優しき歌』、堀辰雄『浄瑠璃寺の春』(さいたま)

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Stimme vol. 5 に向けて



(朗読テクストと楽譜をつき合わせながら。)



10月16日(日)に、長野市の善光寺参道にある竹風堂大門ホールで、朗読コンサート Stimme vol. 5 を行います。演目は、堀辰雄の代表作『風立ちぬ』です。

今回は、長野にゆかりのある演奏家である、ヴァイオリニストの外山陽子さん、チェリストの宮澤等さんのお二人と共演します。

先日、長野市にある小出音楽事務所様に場所を提供して頂き、私が作った叩き台を基に、全体の構成の確認と、それに適ったバランスを考慮しながらの選曲作業を行いました。




(スマホでたちどころに候補に挙がった曲を呼び出すチェリストと、譜面でのチェックを怠らないヴァイオリニスト。)



「三人寄れば文殊の知恵」とはよく言ったもので、つぎつぎに興味深いアイディアが出て、とても充実したミーティングになりました。次回の打ち合わせは、実際に声と音を出しながらになる予定です。

良い公演になる予感です。どうぞお楽しみに!
(2016/06/25)

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2015年最後の大仕事。

2015年もそろそろおしまい。という書き出しの前エントリで話題に挙げた、R. シュトラウス・シンポジウムの成果を形にする日本独文学会研究叢書。無事、18日に原稿を発送しました\(^o^)/。執筆者と論文タイトルは以下の通りです。








今回はオンライン入稿ではなく、完全原稿をプリントアウトした原版を入稿しなければならず、つまり原則として、提出したものがそのまま印刷されるため、自ずとプレッシャーもかかりました。プリンタの状態やインク切れの心配をしたのは、おそらく修士論文の提出以来だった気がします(笑)。

そんな中でも、SNS内に作った学会シンポ打ち合わせ用のグループで頻繁にやり取りができたため、ずいぶん励まされ癒されましたし、このメンバーだったからこそ頑張れたのだと思います。改めて、北川千香子さん、広瀬大介さん、望月哲也さんの三氏と、そして何よりもシンポジウムのきっかけを作ってくださった光野正幸先生にお礼を申し上げたいと思います。



(郵便局で原稿を発送したあと、その足で行きつけのカフェで乾杯!)


そして…これだけでも充分大仕事だったわけですが、実はそれと並行してCDリリースのための作業も行っていました。本来は、このCDの仕事が私の手を離れるのは11月中のはずだったのですが、諸般の事情により押せ押せになってしまい、完全に研究叢書の原稿執筆・編集作業と同時進行になりました。自分は無事に年を越せるのだろうかと気が遠くなるほど大変でしたが、この修羅場をくぐり抜けたことで、もう大抵のことなら動じないような気分になっています(苦笑)。





いつも朗読コンサートのチラシやプログラムをお願いしているオフィス・ルーチェの相澤久仁子さんに、このCDジャケットのデザインもお願いしました。いつもながら素敵なセンスで仕上げていただいて嬉しいです。本当にお世話になりました。また、CDリリースのご提案をしてくださった、朗読家・フリーアナウンサーの秋山雅子さんにも今年はいろいろなサジェッションをいただきました。どうもありがとうございます。





CDについては、年が改まってから本格的にご案内するつもりでおりますが、嬉しいことに既に何件かのお問い合わせとご注文をいただいており、発送作業も進めております。CDの内容は、6月28日に行った Stimme vol. 3同じ構成です(ライブ録音ではありません)。もしご興味を持ってくださった方がいらっしゃいましたら、

stimme_kultur@yahoo.co.jp

までどうぞ。2枚組3,000円です。





それでは皆さまもどうぞ佳いお年をお迎えください。
(2015/12/30)

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Stimme vol. 4 終了



(中山組!笑)

去る11月8日、Stimme vol. 4を大過なく終えることができました。





今回は朗読者二名にヴィオラ奏者二名の計四名という、この手の企画にしては大人数が舞台に乗りました。演目によって構成も変わったので少々ややこしかったのですが、聡明なステマネ東海林雅子さんのお陰で恙なく進行しました。感謝です。





今回は、テクストに解剖学用語が多用されていることもあり、解剖学者の山口康昭氏を交えてのレクチャーを第一部に行いました。聴きに来てくださったオペラ研究家の森岡実穂さんから、「レクチャーの時はスライドか何かで解剖用語や図版を映して可視化したほうが、聴き手としては第二部の朗読にも入りやすかったと思う」というご指摘を頂きました。今後に生かしたいと思います。

第二部前半に読んだベンの『モルグ(遺体安置所)』と、ヒンデミットの無伴奏ヴィオラソナタ。ベンとヒンデミットはまさに同時代のひとで、往復書簡も交されているだけあり、詩と曲の成立そのものには関わりはないのですが、誂えたかのような親和性があったように思います。東京都交響楽団団友の中山良夫先生との師弟の息もピッタリ…と言いたいところですが、GP時に「『レクイエム』は、ヴィオラの余韻が完全に消えてから読んでね。さっきはまだ残ってるうちに読み始めちゃったから、早かったよ。」とダメ出しをされ、あくまで師弟関係なのでありました(^◇^;)。これまで上手くいった(と思っていた)のは、中山先生の絶妙なサポートあってこそのことだったのだと、今さらのように実感…





第二部後半は、ギムナジウム卒のバイリンガルで、ツェラン研究家の三ッ石祐子のドイツ語朗読も交えました。P. ツェランの『声たち』では、バッハ・コレギウム・ジャパンやオーケストラ・リベラ・クラシカでも活躍中の山形交響楽団首席奏者の成田寛氏が弾くバッハの無伴奏チェロ組曲第四番との饗宴でした。が、成田氏の奏でるバロック・ヴィオラの響きを受けて読む、ということがとても大変で、思ったように声が通らないという痛恨の状況に陥ってしまいました。コンディションには特に問題はなく、GPでも声の張りも通りも決して悪くなかったのに。喩えてみれば、まるで温泉に中ってしまったような感じです。きっと成田氏は、「挑んでくる」と言うと穏やかではありませんが、中山先生のような師としてのフォローとは違い、私(たち)に対して容赦のない真剣勝負をしてきたのだろうと思います。そして私は、その真剣白刃どりができなかった…というわけですorz。続く『死のフーガ』では持ち直したので、やはり成田氏の音に中ったとしか言いようがありません。ただ、逆を言えば非常に貴重な体験でもありました。こんな経験はしたくてもできない場合がほとんどでしょうから、とても贅沢でもあり、またある種の幸福感すらありました。





行き当たりばったりや単なる思いつきではなく、自分が納得できる形で企画を実現させたいという思いだけで、各方面への依頼や打ち合わせを夢中でしていて、気づいたら凄い企画に凄い共演者が揃い、自分のパフォーマンスが問われるという事態になっていた、というのが正直なところです(汗)。打ち上げの時に、森岡さんからは「トップクラスのヴィオラ奏者を二人も呼んだ時点で、野口さんはもう少し自覚をしたほうがいい」と言われただけあって、お陰さまで企画全体としては誇れるものになったと自負しています。





そして5月のシュトラウス・シンポジウムの時に続いて、今回も中山良夫と成田寛という、日本を代表する素晴らしいヴィオラ奏者をお繋ぎできたということが、何よりも誇らしく嬉しいことでした。自分でもお役に立てることがあるのだと、しみじみ感じています。このお二人のデュオも素晴らしく、次に聴く機会は果たしてあるのか、、と考えると、また企画しようかなどという念も…(笑)

成田氏も私の企画を面白がってくれたのか、「しかし、ドイツ語の後にバッハを弾くっていうのはいいね。もちろんカンタータは何度もやっているけれど、歌ではなく純粋なドイツ語朗読の後に弾いたのは初めてだったから。バッハの音楽を再認識する」「じゃ、次は五番で」と言ってくださったのも嬉しかったです。やはりまた企画しましょう。今度はちゃんと白刃どりできるよう、精進します(笑)。

共演してくださった方々、お手伝いをしてくださった方々、そして何よりも聴きに来てくださった方々に、心より御礼申し上げます。
(2015/11/12)

オマケ(笑)


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